脳の中の聴神経に沿った所にできた腫瘍を手術で除去すると、もう音の信号が脳に伝わらず、“静寂な世界”ができてしまう。そこで聴覚信号が大脳へ伝わる時の入力端である延髄に電極を付けて、強制的に信号を加えたい(図1)。しかし、脳は豆腐のように柔らかく、針のような電極を差し込んでも固定することは難しい。猿を用いた実験では、頭蓋骨を外したまま、針のような電極を刺して、外部刺激によってどこに電流が通っているか、などのデータを得ることができた。でも、もちろん生きた人間では無理である。さて、どうやって電極を固定したらよいか。そのためには、脳の神経を増殖して電極を脳と固定する。図2に示すように、神経が電極と絡みやすいようにプラスチックのメッシュと、神経が繁殖できるようにコラーゲンのような人工バイオ材料とを、電極に貼り付ける。まるで自分で意志があるかのように、増殖して勝手に付いてしまう。また、これは、切り通しのコンクリートの崖を緑化するために、蔓を絡みつける方法と似ている。耳の手術を見学すると、骨を削り取った後は、適当に骨の削り屑を埋めて、他から切り取ってきた皮膚で塞ぐ。後は骨や肉や皮が自分で増殖して、切り口は見事に塞がれてしまう。機械の分解・修理と大きく違う。鋼の板を切り屑と一緒に合わせておくと、自然と溶接されるに等しい。また、図3に東京大学大学院工学系研究科で作った電極を示す。まだ開発途上で、恐ろしくてヒトには使えないが、脳幹や大脳の曲面に沿うように、薄いポリイミドの基板に金の配線がしてある。金が剥がれにくいように、まずポリイミドをドライエッチングで削り、そこに象嵌のように金を埋め込んだのがミソである。金配線の上にもポリイミドが厚み4μmで塗布され、電極の部分だけ20μm四方の穴が開いている。実際にラットの大脳や脳幹に付けて刺激・記録しているが、長期に渡る移植実験をしていないので、電極固定の設計問題まで頭を働かせていない。(参考文献:中尾政之、畑村洋太郎、服部和隆「設計のナレッジマネジメント」日刊工業新聞社)
MED-EL社のカタログから抜粋
【設計のアドバイス】
現在、自分で組み立てる細胞が注目されている。DNAが設計図であり、その通りに細胞が勝手に組み上がる。ハンドリング工具で1nmの分子をつかんで組み立てるのは、現状では不可能である。それならば分子自身がやればよい、という全く異なった思想が出てくる。これは「ナノマシーニング」と呼ばれ、従来のウエハからリソグラフィ技術で微小部品を作る「マイクロマシーニング」の思想とはまったく異なる。