寒冷地ではディーゼルエンジンの燃料の軽油のうち、ワックス分が冷えて固まる。これが燃料フィルタを詰まらせてしまう(図1)。もちろん使用する気候に適した軽油を用いればよいのだが、ユーザにとってみれば、軽油ならば何でもよいことに越したことはない。そこで燃料を暖めるヒータを加えることにした。しかし、温度センサ付きヒータを用いると、万が一、センサが壊れるとヒータが暴走し、燃料を過熱して火災事故につながるかもしれない。センサを使わずに過熱を防ぐ方法がないだろうか。図2の(a)に示すように、ある温度で急激に電気抵抗が増加する、PTC (Positive Temperature Coefficient) 素子をヒータとして使う。セラミクスヒータとしていろいろな家電に用いられる材料である。この中に、ヒータと温度センサと電流遮断スイッチとが溶け込んでいる。普通のヒータを用いても、ある温度で溶けてしまうヒューズを加えれば、火災事故を防げるだろう。しかし、溶けた後で復帰するにはもう一回、ヒューズを取り替えなくてはならない。そのたびごとに、自動車屋を呼んでいては修理費がかさむ。そうなればやはりPTC素子を使った車の勝ちである。しかし、そんなヒータをわざわざ用いなくても、ワックスを溶かせる機構が実用化されている。それは、図2(b)に示すように、燃料噴射ポンプ内で撹拌するときに生じる摩擦熱を流用する。燃料フィルタを通過した燃料のうち、実際に燃焼室へ噴射される燃料分はわずかで、大半は再び燃料タンクに戻ってくる。その戻り分は摩擦熱で加熱されているので、その戻り管をフィルタに通して、熱交換してワックスが溶けるようにする。もっとも夏だと加熱しすぎて燃料噴射ポンプへ供給する燃料の温度が高くなり、粘性が変わって噴射量が変わってきてしまう。そこでサーモスタットを使って、燃料の温度が高くなったら、フィルタを経由せず、直接に燃料タンクに戻すようにする。サーモスタットが壊れて全部の燃料がフィルタに戻ってきても、燃料の粘性が小さくなり噴射量が小さくなって出力が小さくなるだけで、火災になるようなことはない。(参考文献:中尾政之、畑村洋太郎、服部和隆「設計のナレッジマネジメント」日刊工業新聞社)


図 1.フィルタにワックスが付着する


図 2.フィルタを暖める