原因 |
英国のAAIB(Air Accident Investigation Branch)*2によってスコットランド、
Lockerbie付近に散乱したパン・アム航空103便の破片が回収され、その破片はパズルのように組み立てられ同機体
が再建された。そして、同再建の結果から同機における空中分解はその前方貨物室ドア付近から始まった後、機首部
が胴体部からもげたことが分かった。 AAIBが作成したAAR*3(Aircraft Accident Report) No.2/90によって発表された公式な103便事故の原因は下記の通りであった。 「The in-flight disintegration of the aircraft was caused by the detonation of an improvised explosive device located in a baggage container positioned on the left side of the forward cargo hold at aircraft station 700. − パン・アメリカン航空103便における空中分解の原因は、機内貨物室の左側前方部ステーション(station )700付近に位置した「Implosive Explosive Device」が爆発したことによるもの。」 そのAARの中ては「Implosive Explosive Device」*4という表現が繰り返し使用されていたが、それに「Bomb」(爆弾)という表現は使用されていなかった。その「Implosive Explosive Device」という英語表現は非常にあいまいなものであり、「Device」とは必ずしも「Bomb」を意味するとは限らないものであった。 同事故においてAAIBが上記の結論に達した主な要因としては、同機が地上レーダーから突然消えたこと、また同機のコックピット・ボイス・レコーダー(CVR)に大きな音が録音されていたこと等からであったが、その後の調査で爆弾により爆破されたという立証ができなかったため、その爆発物は「Implosive Explosive Device」とされた。そして、同発表を受けたマス・メディア等が、「Implosive Explosive Device」はテロリストによって機内貨物室に仕掛けられた爆弾と報道し、103便事故はテロリストによる爆破事件とされた。 AAIBがAARで使用した、誤解を招く可能性の高い「Implosive Explosive Device」と言う表現。更にマス・メディア等の過剰な報道等によって、103便の墜落はテロリストによる爆破事件として世界中から注目を集めた。そして、現在においてもその内容は特に変更されていないが、近年、同機はその機体前方貨物室ドアの脱落によって空中分解を引き起こしたとする説がSmith氏によって打ち出され注目を集めている。 AAIBが調査を進める中で、独自に調査を行ってきたSmith氏によると、旅客機の機体が空中分解を起こすにはいくつかの原因が推測される、それは、機内にて爆発物(爆弾とは限らない)の爆発よるもの、空中で他の物体と衝突によるもの、機体構造物の消耗または欠陥によるもの、そして貨物室ドアのような客室ドアと比較して大きめドアが空中で突然開いてしまうことによるもの等である。そして、それらの原因に共通することは飛行中の機体に大きな穴が開くことである。パン・アム航空103便の空中分解事故においても、AAIBによって上記した原因が焦点となり調査が進められたことが予想される。 Smith氏の説とAAIBが作成したAARにて一致した結論は、103便に使用されたボーイング747-121型機の過去における整備記録や点検記録からは問題は特に発見されなかったことから、同便は空中で何か爆発ような現象が発生し、空中分解に至ったということである。 Smith氏は、同機の貨物室内で「Implosive Explosive Device」が爆発、もしくは爆発のような現象を引き起こしたとするなら、それは爆弾以外の爆発物であると考える。そして、その候補として上げられるものは、電気系統のショートによるもの、機内における加圧によるもの、高圧ガス・タンクによるもの、燃料タンクによるもの、そして、貨物室ドアが空中で突然開くことによるもの等が上げられる。 103便にて「Implosive Explosive Device」が位置したとされる貨物室の左側前方の胴体部分が残骸より発見された。そして、その調査の結果、爆弾が爆発したとしては被害が少ないことが分かった。Smith氏によると、仮に「Implosive Explosive Device」が爆弾であり、それが機内貨物室の左側で爆発した場合、高熱ガスにようるペッティング(Pitting)*5がその付近の金属に残るほか、爆弾の破片やその他の残留物が残るという。しかし、再建された機体が検証された結果、最も破損状況がひどかった部分は機内貨物室の右側前方部であり、その場所は前方貨物室ドアが位置していた場所でもあった。また、上記したように爆弾の残留物などは一切発見されていない。 AAIBは同調査において、「Implosive Explosive Device」はSamsonite製の茶色のスーツケース内部にあった東芝製のカセット・レコーダー(大型ステレオ)に、重量約10オンス程のプラスチック爆弾(Semtex)が仕掛けられたもの発表した。「Implosive Explosive Device」がプラスチック爆弾と推測された理由は、回収された無数の破片の内、1つがプラスチック爆弾の一部とされたことからであった。しかし、それら多くの破片には機体を構成するプラスチック部品なども大量に含まれていたこともあり、その発見された部品が同爆弾の一部であったかどうかは証明されていない。 空中分解を起こしたパン・アム航空103便において、その前後過程は地上レーダーによって捕捉されていた。地上レーダーの記録が調査された結果、同機が空中分解する寸前に、ある物体がその機体から遠ざかっていく様子が捕捉されていることが分かった。そして、Smith氏はこの落下した物体を貨物室ドアと推測する。 1989年2月24日、ユナイテッド航空811便が太平洋上空約高度22,000フィートにて、機体右側の前方貨物室ドアが吹き飛びその付近の胴体部分が剥がれ落ちるという事故が発生した。同便は緊急着陸に成功したが、飛行中に胴体に生じた穴より乗客9名が機外へ吸い出され行方不明となった他、同機の前方貨物室ドア付近には横10フィート、縦15フィートという大きな穴が生じるという結果になった。 更にSmith氏は、パン・アム航空103便とユナイテッド航空881便の両便は、その破損状態においても非常によく似ているという。また、残骸から回収されたパン・アム航空103便のコックピット・ボイス・レコーダーに残されていた記録からは、大きな音(AAIBが「Implosive Explosive Device」の爆発音と推測したもの)が午後7時2分50秒に録音されており、直後に録音は数秒間途切れていた。同記録をユナイテッド航空881便事故の際にコックピット・ボイス・レコーダーによって録音されたものと比較してみると、ユナイテッド航空881便の録音にも同様の大きな音が録音された後、約21秒間に渡り録音が途切れていることから双方の録音は非常によく似ている。 ユナイテッド航空811便事故においてNTSB*6が公式に発表した調査結果によると、同便は機体前方貨物室ドアが空中で吹き飛んだことでその付近の胴体部分がはがれたとされた。そして、ユナイテッド航空811便を始めパン・アム航空103便でも問題になったと推測される機体右側の前方貨物室ドアは機体右側の前方と後方の2箇所にあり、それらはほぼ同じような構造をしていた。また開閉操作の手順においてもほぼ同じであった。また同貨物室ドアには10台のラッチ装置(Latch)*7が同ドア本体の下方と中央部に設置されていた。また、同ドアにはその開閉の過程で使用される3種類の電気式の作動装置が装備されており、各作動装置は、ドア本体の開閉用、フック(Hook)作動用、ラッチ作動用と用途が分担されていた。 貨物室ドアを閉める作業は開閉作動装置により行われる。その手順としては、開閉作動装置のスイッチを「Closed」の位置に固定すると、同作動装置により「Open」の位置にあった同ドアが「Closed」の位置付近まで移動する。そして、その動作を探知したフック・ポジション・スイッチ(Hook Position Switch)がフック作動装置に電気信号を送り、そのフック作動装置は同ドアを、ドア受け側に引き寄せるような形で完全に「Closed」位置まで移動させる。それと同時に、ドアの下方ある8本のラッチ・カム(Latch Cam)とその中央部にある2本のラッチ・カムが、ドア受け側にあるラッチ・ピン(Latch Pin)に連結される。その動作を探知したフック・クローズド・スイッチ(Hook Closed Switch)はラッチ作動装置に電気信号を送り、ラッチ作動装置がラッチ・カムを回転させることでドアは仮ロックの状態になる。この時点では、まだドアは完全のロックはされていない。 続いて、貨物室ドアのロック作業が行われる。その作業過程としては、同ドアの外部にあるマスター・ラッチ・ロック・ハンドル(Master Latch Lock Handle)を手動で操作するものであった。同ハンドルは機械式リンクによりドア内部にあるラッチ・ロック・セクターと呼ばれるL字型の掛け金を制御しており、そのラッチ・ロック・セクターをラッチ・カムに掛けることでドアが所定の位置にロックされる。また、同マスター・ラッチ・ロック・ハンドルは機械式リンクでマスター・ラッチ・ロック・スイッチ(Master Latch Lock Switch)につながっており、それは全作動装置の電源を制御していた他、コックピットにあるドアの開閉状態を知らせる警告灯の制御も行っていた。 貨物室ドアの開閉の際に使用するマスター・ラッチ・ロック・スイッチと作動装置等の電源はグラウンド・ハンドリング・バス(Ground Handling Bus)が供給していた。そのグラウンド・ハンドリング・バスへの電源は外部またはAPU(Auxiliary Power Unit)*8によって供給されており、エンジン停止時は外部電源から、そしてエンジン作動開始後はAPUの電源供給に切り替えられる構造をしていた。また、ボーイング747型機はエンジンに搭載された発電機ではグラウンド・ハンドリング・バスへの電源供給はできない構造になっていたと共に、離陸後は自動的にAPUからグラウンド・ハンドリング・バスへの電源供給も切断する安全装置が搭載されていた。この構造の利点としては、機体が接地しているときを除いては、同スイッチや同作動装置等に電源供給が遮断されるため、電気回路におけるショート等の問題が発生した場合においても貨物室ドア等が誤作動で開いてしまうことを防ぐ安全装置であった。 ボーイング747型機の貨物室ドアのロックは、構造上2つの条件がそろわないと解除することが出来ないようになっていた。1つは機体が接地していること、もう1つは外部より手動でマスター・ラッチ・ロック・ハンドルを操作することであった。更なる安全装置として同ドアのラッチ・カム下方に確認窓が設置されており、ラッチ・カムの配列を確認することができるようになっていた。しかし、出発前において、その窓を使用した確認作業は義務付けられていなかった。 ユナイテッド航空811便の事故において、貨物室ドアに使用されていたラッチ作動装置とそのマスター・ラッチ・ラック・スイッチの電気回路図を検証してみたところ、同作動装置と同スイッチは内部ショートにより誤作動を起こしてしまう可能性があったことが分かった。そして、その検証を基に同ドア本体の配線を調べた結果、ショートを起こしていた可能性があったものが発見された。同調査結果から、同作動装置はその電気配線の内部ショートにより誤作動を起こしドアのロックが解除されたと共に、マスター・ラッチ・ラック・スイッチの同様の原因から誤作動を起こしたとされた。 Smith氏によると、ユナイテッド航空811便に発生した同様の現象が、パン・アム航空103便においても発生した可能性は十分に考えられ、そして、それによる破損が引き金となりパン・アム航空103便は空中分解をこした可能性が高いとした。つまり、「Implosive Explosive Device」の正体は貨物室ドアの可能性が高かったとしたのであった。 |
用語解説 |
*2AAIB(Air Accident Investigation Branch)−航空機事故調査局 *3AAR(Air Accident Report)−航空機事故調査書 *4Implosive Explosive Device−爆発性の装置。 *5ペッティング(Pitting)−金属表面の腐食。 *6NTSB(National Transportation Safety Board)−国家運輸安全委員会 *7ラッチ装置(Latch)−ドアの掛け金。 *8APU(Auxiliary Power Unit)−補助動力。推進用とは別に内蔵されたエンジンで、地上での動力源。(http://www001.upp.so-net.ne.jp/suisui/koukuuyougo.htmから引用) |