後日談


1996年1月、McCathern氏は、トヨタ自動車を相手取り「Negligence」(過失)訴訟と「Strict Product Liability」(厳格責任、または、故意や過失の立証を要することなく行為者に負わされる責任)訴訟を オレゴン州Multnomah County 巡回裁判所*1に提起した。その中で、McCathern氏は、1994年製トヨタ自動車4-Runnerは、 設計上横転する可能性が高く「Dangerously Defective」(欠陥で危険である)で「Unreasonably Dangerous」(過度に危険である)であること、更に、被告側は同車が横転する可能性があったことを知りつつ製造販売を行っていたと主張した。

原告側の、メカニカル・エンジニアであり事故専門家であったThomas Fries氏は、同横転事故は1994年製 4-RunnerのGeometry(ジオメトリー)*4、または、構造上に問題があったことから発生したと弁護した。 それは、平地で乾燥した状態の舗装路ではタイヤの摩擦力(グリップ力)のみで横転する可能性がある、 つまり、ブレーキ等やリム・トリップ(Rim Trip)*5の入力なしでも横転する可能性があったと説明した。 原告側の、事故統計学者で、自動車においての重心位置、車幅、ロールオーバー・レジスタンスと 横転事故の相互関係の研究を続けてきたLeon Robertson氏も、Fries氏の意見に賛成した。そのRobertson氏によると、 同車は車幅をあと8インチ(約20cm)広げることで走行安定性が向上し、横転の可能性が大幅に減る、 つまり、ロールオーバー・レジスタンスが向上し安全性が上がる説明した。Fries氏とRobertson氏2人 の説明に対して、被告側のトヨタ自動車は、平地で乾燥した状態の舗装路に限り、1994年製4-Runner はタイヤの摩擦力(グリップ力)のみで横転する可能性があった事実を認識していたことを明らかにした。 しかし、同横転事故のような状況下では同車に限らず、SUVと呼ばれるカテゴリーの自動車は 全て横転する可能性があったと主張した。更に被告側は、Robertson氏が説明したように、 同車の重心位置を下げ、車幅を広げることでロールオーバー・レジスタンスの向上を図るこ とは同車が製造された1994年当時の技術においても可能であったが、SUVとしての性能を確 保する目的からその改良は実行されなかった。また、重心位置が低く横転する危険性の低い 自動車も乗用車として発売を行っていたと説明し、その上で、原告は自らがオフロード専用車 のSUV(4-Runner)を選択したこと等から、Robertson氏の指摘は非現実的だとした。

そのトヨタ自動車の説明に対し原告側は、1996年に再設計して発売された4-Runner(以降、新型4-Runner) では、1994年製4-Runner(以降、旧型4-Runner)と比較して車高が低く、車幅も広い、つまり車体重心位置を 低く設ける新設計が行われたと説明した。被告側のシニア・エンジニアである米川氏は、新型4-Runnerでは 、低重心化が図られ、車幅が広く取られている事実を認めた。そして、その新設計により新型4-Runnerはハ ンドル操作性能の向上と共に、ロールオーバー・レジスタンスも向上していると説明した上で、同社の独自 試験によると旧型4-Runnerは時速約40マイル(64km)以下の走行においても、ハンドル操作のみ*6で横転す る可能性があったが、新型4-Runnerではそれが解決されたと説明した。原告側の事故専門家であったSimon Tamny氏も、新型4-Runnerは適度に安全な自動車だと述べ、その理由をいくつか上げた。それには、新型4- Runnerが当事故のような状況下で「Obstacle Avoidance Maneuver」(障害物回避操作)を行った際に、同車は構造上横すべりをして停止する可能性が高く、横転する 可能性は低いこと等が含まれていた。Tamny氏は一歩踏み込んだ質問を被告側に投げかけた。それは、 新型4-Runnerに採用された新設計、つまり、車高を下げ車体の低重心化を図ったことでは、本来のSUV としての性能が失われているのかといった問いであった。それに対して、新型4-Runnerのテスト・ エンジニアである土橋氏は、全ての性能(オフロード走行性能を含む)は旧型と同じ、または向上していると 答え、本来のSUVとしての走行性能は失われてないと述べた。

審理立証が進められる中で、原告側は、被告側が当時行っていた4-Runnerのプロモーションの証拠を提出した。 それは、旧型4-Runnerが一般道走行とオフロード走行の両性能において安全で信頼できる自動車であるといった 内容のものであり、それは被告側が主張してきた「SUVはオフロード専用車」とは全く反対のものであった。更に 、被告側の国際商品管理者であったCecconi氏によると、旧型4-Runnerの目標消費者層は、高年齢、裕福、そし て通勤やアウトドアを行う一般の消費者層で、それはオフロード走行専用に使用する一部の消費者層ではなかっ たことを認めた。更に、車高の高いSUV(4-Runner)は、その視界の良さから「安全な自動車」と消費者によって 誤認されていることをトヨタ自動車は認識していたが、同社はその誤認に対してなんの対策もとろうとはせず、 SUVが一般乗用車に比べ横転事故を起こす可能性が高いという事実は消費者に伝えることはなかったとCecconi氏は証言した。

原告側は立証の最後に、1994年頃放映されていた旧型4-Runnerのテレビの宣伝映像を提示した。 その宣伝では、McCathern氏が同乗していたものと同型の4-Runnerが、当横転事故とほぼ同じよ うな状況下で障害物回避操作を行っている映像だったが、それは、同車が安全に障害物回避操作 を行っている映像が映し出されており、その安全性を強調しているものだった。その映像に対し て被告側のCecconi氏は、もしも同車が宣伝映像の様な障害物回避操作を行った場合、同車は少 なからずとも横転する可能性があったことを認めた。そして、更に原告側から提出された同車の 安全をアピールするパンフレット等に対し、Cecconi氏は「分からない」としか答えることしか出来なかった。

被告側は、原告側が申し立てをした「Negligence」と「Strict Liability」の両方に対して無罪の主張した。 そして、Multnomah County 巡回裁判所は、被告側の「Negligence」の主張を認め指示判決(directed verdict)*8*9を出したが、「Strict Liability」については審理を継続し、陪審*8の評議にかけたところ、 陪審は、原告側の「Strict Liability」の請求を認め勝訴の評決を出したため、被告側に「Economic Damage」(経済的損害)として5,400,000ドル、また「Non-Economic Damage」(非経済的損害)として2,250,000ドルの合計7,650,000ドルの支払いを命じた。 その後、被告側のトヨタ自動車は、原告側が行った事故立証の中には、当事故に類似していたが、 全く関係ない事故例が含まれていたこと、また、それらの証拠は伝聞証拠(hearsay)*7に基づくものだったこと、 更に、「Dangerously Defective」や「Unreasonably Dangerous」といった訴訟に対して原告側が十分な立証が出来ていないこと等を上げ、当判決を不服とした。 そして、審理は同巡回裁判所より同州Court of Appeals(控訴裁判所)、Supreme Court(最高裁判所)と 上訴された。しかし、Court of AppealsやSupreme Courtにおいても、予審法廷の判決にあやまりはなかったとした。そして、被告側が請求していた被告勝 訴の指示判決(directed verdict)はSupreme Courtにおいても脚下され、被告側の評決無視判決 (judgment notwithstanding the verdict−JNOV)*10には至らなかった。Supreme Court(最高裁判所)は、 1994年製の4-Runner は、通常の「Consumer Expectation」(消費者の期待)を満たしてなかったとして、 「In a defective condition unreasonably dangerous to the user or consumer.」(欠陥車であり消費者にとって過度に危険)とし、7,650,000ドルの支払いを命じた下級審 の判決を支持し、被告側の上告を棄却した。

用語解説

*1.オレゴン州Multnomah County 巡回裁判所−Trail Court(予審法廷)
*4ジオメトリー(Geometry)−固体や表面の外形、当事故の場合は、車高、車幅、 そして車体重心位置を指す。
*5リム・トリップ(Rim Trip)−タイヤ(ゴム)をリムに固定しているビード(内側補強部分)と呼ばれるものが、 何かの原因でリムより外れてしまいリム自体が地面に接地してしまう現象。 この現象により多くの横転事故が発生している。
*6ハンドル操作のみ−障害物回避操作の際に、運転者がブレーキを踏むことで自動車は更に不安定に なり横転する可能性が高くなる。
*7伝聞証拠(hearsay)−米国においての民事裁判では原則として認められていない。 (日本ディベート協会より。http://www.kt.rim.or.jp/~jda/article/iida.htmからの引用)
*8陪審制度−陪審制度とは,一般国民から選ばれた陪審員が、訴訟の当事者の主張や証拠を検討して評決を下す制度である。日本を含めた世界の多くの国々では職業裁判官が判決を下す制度を採用しており、陪審裁判制度を採用しているのは、アメリカ,イギリスなど特定の国々に限られる。陪審制度に対して「難しい法律問題がからむ訴訟について、法律の素人である陪審員が判断できるのか」といった疑問を持つ人も少なくない。陪審制度では、法律問題の判断は裁判官が行い、事実の存否にかかわる問題のみ陪審員が判断する。当事者の主張と証拠調べがすべて終わると、裁判官は「陪審員への説示」を行い、その事件に適用する法律について説明を行う(陪審への説示 jury instruction)。例えば「A、B、CおよびDの事実について検察官が合理的な疑いを超えて立証できれば、犯罪が成立し、被告人は刑事責任を負う」という説示が裁判官からなされた場合には、陪審員はA、B、C、Dの事実について必要な立証があったかどうか検討し評決を下すことが出来る。陪審員は裁判官による説示を受けた後、別室に入って評決について討議する。陪審員が評決を下すためには、陪審員全員の意見一致が一般的に条件であり、陪審員の間で意見が分かれたために評決が得られない場合は、裁判はやり直し)再審理 new trial)となる。(日本ディベート協会より。http://www.kt.rim.or.jp/~jda/article/iida.htmからの引用)
*9指示評決(directed verdict)−裁判官が陪審員の評決を制限し判決を下すこと。提出された証拠から勝敗が明らかなときは、裁判官は陪審員に対して評決を指示することが出来る。 (日本ディベート協会より。http://www.kt.rim.or.jp/~jda/article/iida.htmからの引用)
*10評決無視判決(judgment notwithstanding the verdict−JNOV)−下級審や陪審員の評決が明らかに不合理なときは、上級審が下級審等の評決を無視して新たに判決を下すこと。 (日本ディベート協会より。http://www.kt.rim.or.jp/~jda/article/iida.htmからの引用)