【動機】 本事例は、社員、作業員、学生の教育、トレーニングについて企業・学校等の責任について、 改めてその重要性を示す事例である。教育やトレーニングも抽象的な一般論ではなく、具体的 な事例を考えさせる仮想演習が望ましい。 【事例発生日】1995年10月18日, 午前11:15ごろ 【事例発生地】西オーストラリア、クウィナナ(Kwinana) 【事例発生場所】 操業を停止した圧延工場 【概要】 解体業者作業員が製鉄所の中二階からキャビネットを吊り上げて移動中に鉄棒が滑車に引掛ってしまったため、作業員がキャビネット内部に入り、上部から頭を出して鉄棒を切断するが、切断後に重心が移動してキャビネットが傾いたために首がキャビネットとクレーンの間に挟まれ死亡。 |
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【経過】 41才の解体業者作業員が、西オーストラリア、クウィナナ市にある既に操業を停止した圧延工場を解体中、およそ2トン の電気機器キャビネットを吊って移動中、同キャビネットが動かなくなったので、引っかかっている鉄棒を切断した。 そのとたん、キャビネットが傾いてその上端と巻き上げ機ブロック、天井クレーンの間に首をはさまれて死亡。 工場の中二階から電気機器用鉄製キャビネットを取り除くのに、当初、作業は2人がかりで行っていた。キャビネットは、 幅2.4m、奥行き2.4m、高さ2.21m、重さ1992kg。まず二人は、キャビネットをつるして移動するのに、両端に引っ掛ける ためのループのついた長さ4.5mの鋼製ワイヤーロープ(flexible steel wire rope, FSWR)を用意し、図1のように一方のループをまずフックにかけ、キャビネット内側底面の部材に通して折り返し、またフック に通しながら、反対側の底面部材で折り返して、今度はフックを通さずに3点目の部材に通し、最後にまたフックに戻って ループをフックに引っ掛けた。 ワイヤロープの長さが4.5mしかなかった(両端のループ部はそれぞれさらに300mm)ことから、それがほとんどくもの巣 のようにキャビネット内側底面に張り巡らされており、それを引っ張り揚げるフックはキャビネット重心よりかなり低い 位置にあったことが分かる(図2)。フックは重さ8トンの手動巻き上げ機についており、それを、定格荷重15トンの天井 クレーンで持ち上げようとしたのである。
事故にあった作業員は次に酸素アセチレンカッターで、同キャビネットの固定ボルトを切断後、150mmキャビネットを持ち上げた。その位置で残っていた電線類を外し、浮き上がった状態のキャビネットを横方向に動かして地下階に外した電線類を落とした。キャビネットは浮き上がっていたが、その南西に当たる角は床に接していた。 ここまでこの作業員は、もう一人リーダー格の作業員と一緒だったが、現場監督が現れ、このリーダー格の作業員を、他段取りを話し合うため呼びつけたので、一人になった。 作業員はさらにキャビネットを床面上50cmまで、手動で巻き上げたが、そこで、巻き上げ機の上部ブロックがキャビネット上端にあった65x6mmの平板に接触、それ以上上がらなくなった。この平板はキャビネット照明用の蛍光灯を取り付けるためのものだった。 そこで作業員はキャビネット内部に入り、ボルト切断に使った酸素アセチレンカッターを利用して上記平板を切断にかかった。このとき、作業員はキャビネット棚の東側に上り、西を向きながら切断にかかった。つまり、傾いているキャビネットの高い側に乗ったのである(図3)。 このとき、作業員の頭部はキャビネット上端から上に出ている形だった。巻き上げ機の4本の鎖は邪魔になった平板に支えられている格好だった。作業員が切断を終えたとたん、支えを失ったキャビネットは巻き上げ機鎖の重みも加わって突然バランスを崩し、西側が下がって東側が上がるように大きく傾いた (図4)。
キャビネットから頭を突き出していた作業員は、キャビネット上端と、上にあった天井クレーンのビーム部材の間に 頭をはさまれた。 事故が起こったとき、現場監督とリーダー格の作業員はちょうど地下の階段に居り、1階に向かっていた。その時地下階 で作業していた電気技師が"うめくような、うがいをするような声"とキャビネットが落ちる音を聞きつけ、何か起こった と思い、地下からエンジンルームを登り、さらに事故のあった中二階に通じる西側のはしごを上り、キャビネット内に 入った。事故にあった作業員の脈を取って見ると無い。そこで電気技師は、地下で一緒に作業していた助手と、ちょうど 手洗いから戻ってきたもう一人の助手と力をあわせて事故にあった作業員を下ろそうとした。現場監督もそのときにはそ の場に居合わせた。手洗いから戻ってきた助手は、"救急車を呼べ!"という叫びを聞いて、電話をかけに走ったが、 そのときにはリーダー格の作業員が既に自分の電話で手配をし終えていた。そこでその助手は、キャビネットを下ろす 手伝いに向かった。 電気技師、その2人の助手、リーダー格の作業員、それに会社の救急車両で駆けつけた警備員の4人でやっとけが人を降ろし、壁に近い北側の中二階床に寝かせた。 急を聞きつけて有資格看護婦と近くの工場から職長がやってきた。看護婦と、警備員は酸素吸入器と心臓マッサージで作業員を蘇生させようとしたが、肺が膨らまず、傷害箇所を空気が通っていないのに看護婦が気付き、蘇生をあきらめた。 そのすぐ後、聖ジョン救急と警察が到着、警察が事故現場を保存、西オーストラリア労働災害の捜査が始まるまで現場 を管理した。 | ||||||||
【原因】 オーストラリア当局は、調査の結果事故の原因を3つとした。即ち、 1. 使用したワイヤーロープの状態と使用法 2. 経験不足の作業員に危険な作業をさせた。 3. 事故発生時十分な作業監督を怠った。 |
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【背景】 原因1.のワイヤーロープの状態について、同ロープは直径16mm長さ4.5mで、両端のループは、 手動でワイヤーを寄り合わせたもの。傷が多く、両端のループ部分が長く延びていた。 2. の経験とも関係するが、通常、このようなキャビネットを吊るには、最低2本から4本のワイヤーロープを使う。 原因2.について、死亡した作業員の経験については、略歴、 1968年学校終了 (逆算すると中学卒業) 1968-1981 農場で働く。このとき、2級溶接士の資格をとり、機械に関する知識はこの時つけた。 1981-1995 町で農機、トラックの運転。 1995年9月25日- 解体業者で働く。 解体業者は10月5日に導入教育を行っただけで、それ以外は月曜朝の簡単なミーティングを行っていただけ。通常、重量物を移動させるときは上級者、経験豊富なものが作業や監督に当たる。経験や、工学の知識のあるものであれば、上量物を底から吊り上げることはしない。 原因3.の監督不十分につき、リーダー格の作業員も、解体については9月25日のプロジェクト開始で初めて解体を経験。上級者としては不適切であった。唯一現場監督が解体の経験豊富であったが、事故当時、監督もしておらず、指示さえ出さずに危険な作業にもかかわらず、当人が1人で作業するに任せていた。リーダー格の作業員さえ別の場所にいた。 この解体業者は1991年6月12日にも死亡事故を起こしており、行政指導を受けて作業員教育、経験調査、安全作業の徹底など、1994年11月7日に宣誓書に署名したばかりであった。そういった教育や体制が全く整っていなかったのは驚くべきである。 |
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【対処】 4人がかりで作業員をキャビネットから降ろし、酸素吸入、心臓マッサージで蘇生を試みるが失敗。 | ||||||||
【対策】 解体業者は以下の行政処分を受けた。 ・専門知識を有するものが常に作業を監督すること。 ・クレーンで持ち上げるために重量物を縛るときは、常に優れた経験者が作業を行うこと。 |
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【後日談】 解体業者、その監督、ともに起訴され、解体業者は、$35,000 (オーストラリアドル、約250万円)の罰金を支払ったが、監督は証拠不十分として却下された。 |
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【知識化】 人は夢中になると、自分の周りの危険に気付かないことが多い。 教育は完全に行わなければならない。例えば、"重量物を運搬するときは安全に注意すること" などといった抽象的な表現は役に立たない。考えうるあらゆる危険状態に対し、どのように対処すべきか、また、どうやってそういった危険を回避するか、常にトレーニングや仮想演習が重要である。 |
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【情報源】
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