失敗百選
〜自国で売れなくなった煙草を密輸で転売〜

【事例概要】
マールボローで知られる、世界最大のタバコ製造会社、フィリップ・モリスと業界2番手のR.J.レイノルズ社は、米国産のタバコをヨーロッパの国々に故意に過剰供給し、過剰分が欧州連合内で密輸出品となって出まわり、関税、手数料、税金を免れたとして、2000年11月、さらに2002年2月に欧州委員会から告発を受けた。国内でのタバコ販売量の低迷が継続する中、米国のタバコ製造会社は、1980年以降、海外市場の開発と販売網拡大を推進してきた。しかしながら、アメリカ製タバコは各種税および輸入関税の対象となるため、海外における販売値段が極めて高い。密輸業者は、関税を免れるために、タバコを不法に他国に持ち込み、正規の価格の2割から3割引きで販売しており、その数はますます増加の一途をたどっているとされる。今回の告発は、こうした密輸に米国タバコ会社が関わっていたとして、関税等の損失額をフィリップ・モリスとR.J.レイノルズに請求したものである。
【事例発生時期】1980年代以降継続的に発生している

【事例発生地】EU各国

【事象】
過去10数年にわたり、フィリップ・モリスを始めとする米国大手のタバコ会社は、本国での売上げ減少に対応するべく、他国の闇市場に流すためのタバコを貿易業者や卸売り業者に販売していたとされる。その結果、密輸の対象となった国々では、タバコ輸入販売に伴う関税や税金面で多大の損失が出た。欧州委員会では年間の損失を15億ドルと推定している。また、各国の政府や保健衛生機関では、市価より2、3割安い密輸タバコに飛びつくのは、未成年者が多く、喫煙年齢の低下を招いていると懸念する。
【経過】
1980年代から、フィリップ・モリスとR.J.レイノルズ社を始めとする米国大手のタバコ会社は、本国での売上げ減少の対応策として海外市場の開拓、拡大を計ってきた。その結果、国内売上げの減少が継続する一方で、輸出額は着実に増加している。海外市場の拡大策ののひとつとして、正式ルートで輸出するタバコとは別に、他国の闇市場に流すための製品を貿易業者や卸売り業者に販売しているというのが欧州委員会の主張である。
闇市場での販売金額は1997年の時点で2800億ドルにも及び、1989年の1000億ドルと比較すると、3倍近くに増加していると、タバコ調査機関は報告する。また、アメリカ国外で販売されるアメリカ製タバコの4分の1は、密輸入されたものであるとタバコ業界関係者は認めている。
タバコ密輸はヨーロッパ諸国に限らず、米国と隣り合わせのカナダ、世界最大のタバコ消費国とされる中国など、広く世界中に及んでおり、当のタバコ会社がこの密輸の一端を担っているとして、欧州委員会から告発を受けたのである。
タバコ会社関係者は、口をそろえて密輸入の奨励も容認も行っていないと主張するが、フィリップ・モリス社にとってみれば、貿易業者や卸売り業者に販売した自社の製品が、正規市場に回ろうと、闇市場に送られようと、同じ売上げ金額として計上される。闇市場が拡大するということは、同社の売上げが増加するということにほかならない。また、ヨーロッパ数カ国で行われた1997年の調査ですでに、タバコ産業関係者が密輸入の奨励と供給にしばしば重要な役割を果たしていたことがわかっている。
【原因】
フィリップ・モリスを代表とする、米国のタバコ会社が法の網をくぐってまで、自社タバコの販売をもくろむのは、つぎのような背景があるためと考えられる。
米国では、1997年4月にFDA(食品医薬品局)にタバコ規制の権限があるとの判決が下され、以来タバコ害に関する損害賠償訴訟が相次いで起こされた。また、FDA管轄の下に、国及び州のタバコに関する規制強化がさらに進められ、公共の場での喫煙、タバコ広告及び販売方法などの制限や禁止、タバコ害に対する青少年向け教育をタバコ会社に義務付けることなどが実施された。また、タバコが健康に及ぼす悪影響が医学的に広く認められるようになり、煙害に対する一般の意識も高まりつつある。こうした事態を反映して、米国内のタバコ販売量は、減少の一途をたどっている。
米国内で失いつつある市場の埋め合わせとして、フィリップ・モリスなど米国大手タバコ会社は、海外市場の拡大をより強力に推し進めるようになった。
幸い、米国製タバコは多くの国々で、高品質で洗練されていると見なされている。しかしここで大きな障壁となるのは、輸入に関わる関税と各種税金である。正規に輸入された米国製のタバコには高い関税と各種の税金がかけられ、極めて高価な品となり、庶民や若年層には手が出しにくい。
密輸ルートを控えた貿易業者や卸売り業者に大量に販売し、闇ルートで市価より安く売ることができれば、ヨーロッパ市場の拡大に大きく貢献する。こうした理由から、フィリップ・モリスを始めとする大手タバコ会社は密輸業者との関係を深めていったと考えられる。
【対処】
欧州委員会は、フィリップ・モリスとR.J.レイノルズ社が、米国産のタバコをヨーロッパの国々に故意に過剰供給し、過剰分が欧州連合内で密輸出品となって、闇市場に出まわり、関税、手数料、税金を免れたとして、2000年11月、さらに2002年2月に告発を行った。
【当事者ヒアリング】
スイスでフィリップ・モリス社タバコの卸売業者を務め、大量のフィリップ・モリス社製品を、オランダ人、ドイツ人、スペイン人、ギリシャ人、イタリア人など200人ほどに売ってきたという、コラド・ビアンキ氏は、フィリップ・モリス社のタバコがビアンキ氏の手を経て、ヨーロッパの密輸業者に販売されていることを、当のフィリップ・モリス社が知らなかったわけはないと、主張する。ビアンキ氏のコメントに対して、フィリップ・モリス社のヨーロッパ支社上級副社長であるアンドレ・レイマン氏は「われわれの知る限りではビアンキ氏は当社の顧客であったことはなかった」と発言している。
【知識化】
関税、税金と密輸、闇市場とは、常に同時に存在するペアである。正規ルートで販売される品と闇ルートで手に入るものの値段に開きがあれば、そこに必ず仲介人が現れる。このケースには、米国内でのタバコ売れ行き不振、ヨーロッパでのアメリカタバコの人気という、「プッシュ」と「プル」に、売上げ増加と市場拡大を目指すタバコ会社と、密輸で利ざやを稼ごうとする各種業者、市場価格以下で売られる闇タバコへの高い需要という強力な3要素が加わって、欧州連合の告発は苦戦を強いられている。
【情報源】
  • http://philipmorrisinternational.com/pages/eng/ourbus/Our_business.asp
  • http://www.altria.com/media/press_release/03_02_pr_2004_02_19_01.asp?PrintDisplay=1
  • Raymond Bonner and Christopher Drew, "Contraband Smokes," New York Times, August 25, 1997.
  • Suzanne Daley, "Europeans Suing Big Tobacco in U.S.," New York Times, November 7, 2000.
  • Editorial Desk, "Illegal Tobacco Traffic, New York Times, November 13, 2000.
  • Ian Black and David Teather, "Court Backs Tobacco Giants in Smuggling Case," Guardian, February 21, 2002.