【動機】 安全性を最優先にするべき鉄道で、その義務を怠ったために起こった事例である。 |
【日時】2000年10月17日 【場所】英国ロンドン 【発生場所】Hatfield手前のカーブ付近 【被害金額】約955億円 (5億ポンド:1ポンド=191円計算 以下同様) 【全経済損失】約3820億円(20億ポンド) 特急列車がHatfield手前の右カーブにさしかかったところ、11両編成の後部の8両が脱線、そのうち2両が横転し、死亡者4名、重傷者4名、負傷者約66名を出した。 (右図:事故発生場所,Sydrose 提供) |
【事象】 King's Road駅(上図参照)を12:10PMに発ったLeeds駅行きの特急列車が時速187km(117mph)で走行していた。12:23PMごろHatfield駅手前800m(0.5マイル)のところで車両の一部がレールから外れ、そのまま列車が右カーブにさしかかったため、脱線した後部8車両が左に放り出され、隣接している線路を越え、架線を支えている信号橋に激突した。最後尾にあった食堂車と一等客車が横転し、連結器から外れた。食堂車は激突した衝撃で天井が飛んだ。 この特急列車には10名の乗務員と約100名の乗客が乗っていたが、食堂車にいた4名が死亡し、乗客約70名が負傷した。 車両、レールの破片は周辺の民家まで及び、特にレールは300以上の破片に飛び散った。 事故当時、車両、信号システム、ポイントに不具合があったことは報告されていない。また速度制限も設けられていなかった。 |
【経過】 1999年11月、Railtrack社はその下請整備会社であるBalfour Beatty社より、事故現場のレールに損傷、 亀裂が見られるという報告を受けていた。この時見つかった亀裂はGauge Corner Crackで、規則では このような報告のあったレールは6ヶ月以内に交換すること、またその間は速度制限を設けることになって いた。この速度制限は事故発生時まで設けられていなかった。 レールを交換するまでの緊急措置として、Rail−gridingを実施することになった。Rail−gridingとは レールの表面の削り取り、亀裂の進行を食い止めるためのものである。この時、英国内でRail−griding が出きる装置は1台しかなく、2000年9月にようやく、Rail−gridingのできる装置が運び込まれ、 事故発生箇所のレールに作業が行われた。作業が行われたレールはこの間、交換されずにいた。そのいき さつは次のようである。 2000年2月にBalfour Beatty社がそのレールの交換を請け負うことになったが、その後すぐにRailtrack 社はこの仕事をレールの交換を専門に請け負うJarvis社に依頼した。そのレール交換は2000年3月19 日に予定され、作業のために27時間にわたって事故発生箇所の列車を運休させることにした。 しかしその日になって、交換するレールが来ていないという事態になり延期された。2000年4月にレールが 届いたが、時刻表の改変、また繁忙期である夏であり、列車をまとまった時間運休させることは、できない という判断からレールの交換はさらに11月まで延期された。 2000年4月と7月にはレールの超音波検査が行われた。少なくともその検査結果の1つは解読不能なものであり、 レールの損傷が装置で解読できないほど進んでいるか、あるいは装置自体に問題があるかのどちらかであったと 考えられた。どちらにしても規則では時速32km(20mph)の速度制限が設けられるはずであった。 2000年6月、Railway and Rail regulatorの検査官が、Railtrack社に対して、社内規定に満たない損傷しているレールの交換についての懸念 を文書で提示し、対策についての報告書を出すことを命じた。Railtrack社は、2000年2月にはある特定箇所の レールの交換が必要であることを認識しており、春には交換作業を開始したが完了せず、その年の秋に交換作業 を再開することになっていた。事故当時、事故が発生した場所の北側からレールの交換が始まっていたが、 事故発生場所までは至ってなかった。 その後の調査で、Railtrack社は実は事故発生の2年前から事故現場のレール交換が必要であることを認識して いたことが明らかになった。 |
【原因】 脱線の直接の原因はレールの損傷、亀裂によるもので、事故発生当時かなりの損傷、亀裂があったと考えられる。 100ft(約30m)のレールは300あまりの破片に飛び散り、破片を再構成したところ約50個の亀裂が見つかった。 レールの表面は0.003ミリメーターほど崩れていた。事故現場付近のレールにも金属疲労のあとがあった。 金属疲労のメカニズムは完全には把握されていないが、レールに起こる金属疲労はGauge Corner Crackingと呼ばれ、高い応力が車輪とレールの間にかかり、回転するために起こると考えられている。車輪が 回転することによって起こるRolling Contact Fatigueはカーブが急になっているところや線路が交差してい るところに起こりやすいとされている。Rolling Contact Fatigueはレールの材質の違い、 使用年数に関係なく見受けられ使用期間が12ヶ月に満たないものでもみられることがある。 事故発生箇所のレールは1995年に新しく交換されたものであるが、すでに1999年の段階で交換が必要であると されていた。 レールには週3回の目視点検、3ヶ月ごとの超音波検査が行われていたが、事故発生1週間前の目視点検では 亀裂があったということは報告されておらず、またRailtrack社が使用していた超音波検査装置も適切な ものではなく、ある種の角度および深さの亀裂は発見できなかった。事故箇所のレールは目視でも十分その 亀裂、損傷を確認できたはずである。 レールに損傷、亀裂が発見された場合、時速32km(20mph)の速度制限を設ける規定になっていたが、 事故発生箇所にそれが設けられていなかったことも、事故の原因である。脱線した列車は時速187km(117pmh) で走行していたため、160km(100mph)の速度オーバーとなるが、もし32km(20mph)の速度制限が設けら れていれば、脱線は防ぐことができたであろうし、たとえ脱線していたとしても死亡者を出すことはなかった。 (上図:事故の状況,Sydrose 提供) |
【背景】 英国では1992年から1997年の間に鉄道で働く人の数が15万9000人から9万2000人に減少した。 その一方で列車の運行数は増加していた。また線路に関わる仕事には複数の下請け会社が存在し、 作業者の経験不足、長時間労働、不規則な勤務、不適切な管理者のもとでの作業等、さまざまな 安全上の問題があった。また列車の乗務員、信号係、路線整備の作業者それぞれが、異なる会社 で雇用されているため、業務に必要な情報の伝達が十分に行き届いていたとはいえない。交換に 必要とされたレールも、連絡ミスのために最初の予定日時に届かず、交換が延期されたいきさつがある。 下請け会社がレールを交換する場合には、運行している列車を止める必要があるため、事前に 必要と思われる作業日時、時間等をRailtrack社と話合い、見積もりを出すことになっていた。 Railtrack社に出した見積もりの作業時間を少しでも過ぎると、Railtrack社が列車を 運行できず損害が出るため、ペナルティを課せる仕組みになっていた。ペナルティを出さないために 交換時期の調整を行っていたが、時刻表の改変、時期的な問題、必要資材の調達等に問題があり、 事故発生箇所のレール交換は数回延期されていた。 |
【対処】 2000年10月17日に、Railtrack社は以下の場所に緊急の速度制限を行った。 この速度制限が適用されたのは旅客、貨物全線の3分の1にあたった。 * GaugeCornerCrackingの疑いでレールの交換が2000年中に予定されている箇所での減速。 * GaugeCornerCrackingの疑いでレールの交換が1999年中に予定されていたが延期された箇所での減速。 * レールの表面が崩れてSpallingを起こしているところは20mph。 * 110mm以上のカーブの箇所、走行速度が時速160km(100mph)の箇所、車軸荷重が25トンの箇所は、 優先的に速度制限を行う。 |
【対策】 Railtrack社は事故後、およそ1337億円(7億ポンド)をレールの交換に費やした。 |
【知識化】 *会社の業務内容の一部が外注化し、多数の下請け会社が存在する状況では、会社間のコミ ュニケーションを円滑に進めるための対策をとるべきである。 *安全性への意識、従業員への訓練、など直接安全性に関わる分野の教育を徹底することが必要である。 |
【後日談】 事故発生後、経営責任者であったGerald Corbett氏は辞任した。 この脱線事故後、他の鉄道会社にもレールの点検、交換の作業が課せられたため、運休による損害が出た。 Railtack社はその賠償金として約191億円(1億ポンド)を支払った。またRailtrack社は、 およそ1337億円(7億ポンド)をレールの交換に使用したため、2000年度の損失は1012億円 (5.3億ポンド)にのぼった。 2001年7月、英国鉄道警察の捜査により、Railtrack社は企業殺人の罪で起訴された。 またRailtrack社およびその下請け会社BalfourBeatty社の管理職社員それぞれ2名ずつを殺人罪で起訴する方針も固めている。 |
【情報源】
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