失敗百選 〜MRIにボンベが引き込まれて男児に衝突〜

【動機】
高度医療機器を使用するさいの規則・手順を守らなかったために人命が失われた事例である。 所定の規則・手順を徹底させることが事故の防止になるという基本を改めて考えさせられる。

【日時】2001年7月31日

【場所】米国ニューヨーク州ニューヨーク市

【発生場所】Westchester Medical Center



磁気共鳴影像法(MRI)検査を行っていたところ、室内にあった酸素ボンベがMRI装置に引きつけられ、検査を受けていた6歳の男児にあたり死亡した。

(MRI検査装置に引きつけられた酸素ボンベ(この事例とは無関係)写真提供:Mariel NessAiver, ph.D http://www.simplyphysics.com/flying_objects.html#)

【事象】
脳腫瘍の摘出手術を行ったこの6歳の男児が、術後の検査のためにMRI検査室にいた。 摘出手術は1週間ほど前に行われており、MRI検査は術後に行う検査としては一般的なものであった。 MRI検査中は、身体が動いてはならないので、この男児には麻酔が与えられ、MRI装置内に横たわっていた。
  このとき室内には何らかの理由で持ち込まれ放置されていた酸素ボンベがあり、またこの酸素ボンベが磁性体 金属であったために、検査中のMRI装置内の磁石に引きつけられ、装置内にいた男児の頭部を直撃した。 鈍器による脳の損傷、頭蓋骨骨折、および脳内出血で男児は2日後に死亡した。
酸素ボンベは消火器程度の大きさであったが、磁化されたことにより秒速32〜48km(20〜30mph)で引きつけられたと考えられる。
【経過】
脳腫瘍摘出手術後のMRI検査を受けるために、この男児は麻酔をかけられMRI検査室にいた。検査中、 磁性体金属でつくられた酸素ボンベがMRI装置の発生する磁場に引き寄せられ男児の頭部を直撃した。 この傷のため、男児は2日後に亡くなった。解剖の結果、この男児の死亡原因は鈍器による頭部への 損傷、それによる頭蓋骨骨折、および脳内出血であることが判明した。
このような事故が起こった場合、 24時間以内に報告することが義務付けられていたため、 Westchester Medical CenterはState Department of Health(保健省)に事故を報告した。これを受けて事故調査団が派遣され、 またこの病院およびWestchester地方検察庁も独自の事故調査を開始した。
Westchester Medical Centerは事故直後の会見で、この事故の責任が全て病院側にあることを認めた。
【原因】
この事故の原因は検査室にあってはならない金属のボンベが持ち込まれていたことである。 MRI装置内には10トンの磁石が使用されており、強力な磁場を発生させる。磁性体である 金属はMRI装置に引きつけられてしまうので持ち込むことができない。
  MRIの検査技師は高度な訓練と教育を受けているはずで、検査室内に金属製品が置かれてい ないことを徹底しなくてはならないが、それが遂行されなかったために事故が起こったと考えられる。
【背景】
MRIは10トンの磁石による電磁波とコンピューターを利用し、人体の断面映像を得るためのもので、 一般的に安全な医療装置と考えられている。過去20年でMRI検査数は増加し、米国では年間800〜1000 万回のMRI検査が行われている。MRI装置内の磁石が生み出す磁力は地球の磁場の3万倍といわれており、 家庭用冷蔵庫に使われている磁石のおよそ200倍の磁力をもつ。
検査数の増加にしたがって、MRI装置内の磁石により磁化されたクリップ、ライター、ヘアピン、 クリップボード等がMRI装置に引きつけられるという事例が多数見られるようになった。   MRI装置付近で仕事をしていた清掃員の掃除機が装置に引き付けられたために、清掃員が手首を骨折した例や、 警察官の拳銃が引き付けられ、発射された弾丸が壁にあったたという例がある。
MRIによる事故はそのほとんどがクリップのような小さな金属製品によるものであった。 死亡事故としては、脳の動脈瘤に使われていたクリップが磁力によって動いたことによるもの、 また心臓ペースメーカーが電磁波の影響を受けて機能を損なったために起こったものがある。 専門家によると今回の事故はMRI装置外部のものが引き起こした初めての死亡事故だという。

この事故が起こる少し前、米国レントゲン学会誌に酸素ボンベがMRI検査室に持ち込まれることの危険性 について書いた論文が掲載された。この研究では、過去15年間の13万8000件のMRI検査を調査し、酸素 ボンベがMRI検査室に持ち込まれ装置に引きつけられた事例が5例あったことを発見した。1987年に 起こった事例では、酸素ボンベが患者の頭部に当たり、顔面骨折させた。他の4例は患者に傷害を与え はしなかったが、すべて1007年以降に起こっていた。いずれの事例においても所定の手順や規則を 守っていれば起こっていなかった事故だということがわかっている。
この研究では近年事故が増加している原因として、1つは磁化されうる金属製品が身の回りにあふれていること、 2つ目は生命維持装置が必要な患者にMRI検査をすることが多くなってきたことを挙げている。クリップや鍵など の金属製品は、患者、医師のポケットやフォルダーからでも簡単に引きつけられるし、生命維持装置については そのすべてがMRI検査室の環境に適合するものではないからである。この研究は病院内のボンベを全てアルミニ ウム製にする必要もあると提言している一方で、他の金属よりも経費がかかるので現実には難しいことも述べている。
         

(MRI検査装置に引きつけられたものの写真(この事例とは無関係)写真提供:Mariel NessAiver, ph.D http://www.simplyphysics.com/flying_objects.html#)

【対策】
この死亡事故を受けて、ECRI(Emergency Care Research Institute)という非営利の医療団体がMRIに対する安全策 を徹底させることの重要性を提言するレポートを作成し、MRI検査室において磁界の影響による事故を防止するために 以下のガイドラインを提示した。
  1. MRI検査および検査室の安全基準を徹底させるための管理官をおく。
  2. MRI検査および検査室の安全基準を確立し、守られているかどうか定期的に検討する。
  3. MRI検査室のスタッフ、および検査室に入ることのあるスタッフ(患者を運搬する者、警備員、清掃員、設備管理者など) にMRI装置およびその周辺の環境についての訓練、教育を行う。
  4. MRI装置周辺には常に磁界が存在することを意識し、そのように装置を扱う。
  5. MRI検査室およびその周囲の部屋で、5ガウス以上の磁界が存在する区域を区別し、アクセスを制限する。
  6. 5ガウス以上の磁界が存在する区域には、磁性体の部品を使用しているものを持ち込まない。 その製品が製造者によってMR-safeであると確認されており、各々のMRI検査室環境にとってもMR-safe であると確認されればこの限りではない。MR-safeラベルとは、その製品、装置がMRI環境で使用された場合、 患者やその他の人員には危害を与えることはないが、検査結果の質に影響を与えることがあると明示され ているものである。一方、MR-CompatibleラベルとはMR-safeであり、かつMRI装置の操作や検査結果の質 に影響を与えることなく使用できる装置であることを示す。
  7. MR-safeのラベルがない装置、機材を検査室に持ち込まないこと。
  8. MR-safeおよびMR-Compatibleである装置、機材のリストを作成し、その使用制限も記しておく。 管理官は各MRI装置のリストを熟知すること。またMRI装置を新しくしたり、購入した場合にはその都度リストを作成する。
  9. MRI検査室に装置、機材を持ち込むときは、事前に強力な磁石を使って、MRI装置に引きつけられるかどうか テストを行う。MR-safeおよびMR-Compatibleの製品にもこのテストを行うことが望ましい。 MR-safeおよびMR-Compatibleである装置、機材に改造を加えない。 
  10. MRI検査室で強磁性体の製品を使用する際には、最大限の注意を払う。MRI装置に引きつけられるのを防ぐために、 安全な距離に物理的に固定する。固定するときは非磁性体のボルト、ロープ、プラスチック製のチェーン、 おもりを使用する。強磁性体で小型のキャップやカバーは、時間が経つと緩むので非磁性体のロープ等で固定すること。
  11. 歩行不能な患者をMRI検査室に運ぶときには、非磁性体の車椅子、ストレッチャーを使用する。 酸素ボトル、サンドバッグ等が毛布や荷物入れに入っていないこと確認する。
  12. 患者が持ち込む点滴台が磁性体金属ではないことを確認する。
  13. MRI検査室に入る人には十分に注意を払い、体内の金属製インプラントの有無を確認し、 ヘアピン、金属性ボタン、ファスナー、貴金属、ピアス等は外す。歯の詰め物のように外すこ とのできないものはこの限りではない。通常、体内に金属製品を埋め込んでいる患者は担当医師 や専門医の許可がない限りMRI検査を受けることはできない。
  14. 患者には金属性のファスナーがない検査着を用意する。
【知識化】
*高度な技術を利用した機器は医療機器に限らず、操作、使用に関する手順、規則を遵守することは 安全性を確保するための基本である。また手順、規則は定期的にチェックし、状況にあわせて更新するべきである。
*特定の機器、装置に対する教育、訓練はそれを直接操作する人たちだけではなく、 間接的に関わる人たちにもその機会を与えるべきである。
【情報源】
  • http://abcnews.go.com/sections/us/DailyNews/mri010731.html
  • http://www.mrireview.com/docs/mrideath.pdf
  • http://www.ecri.org/documents/hazard_MRI_080601.pdf
  • http://www.mercola.com/2001/aug/15/mri.htm
  • http://www.s-t.com/daily/08-01/08-03-01/b02li075.htm
  • http://www.diagnosticimaging.com/dinews/2002061301.shtml
  • http://www.simplyphysics.com/flying_objects.html#