【動機】 本事例は、化学物質を扱う技術者の危険認識の不足、ナップ社とテック社とのコミュニケーション不足、設備の不具合等、幾つかの要因で起きた爆発(注:専門的には爆燃が正しい)事故である。アルミ粉関係の爆発事故は、今まででも度々起きている事故だが、アルミの性質及び、ヒドロ亜硫酸ナトリウムの性質を良く知って、設備の点検に時間を費やしていれば、今回のような事故は防げた例である。今回の爆燃事故では、5名死亡、4名負傷をした。 |
【事例発生日付】1995年4月21日 【事例発生地】米国、ニュー・ジャージー州、ローディ市 【事故関連物質】 ヒドロ亜硫酸ナトリウム、炭酸カリウム、ベンズアルデヒド、 アルミ粉 (青酸に溶けた金の抽出する為の沈殿剤(GPA又はACR9031の成分) 【発生場所】 ナップ社内、化学薬品攪拌室 【死者数】 5名 【負傷者数】 4名 【汚染範囲】 ナップ社から3Km範囲の河川 (上図:黄色の部分がニュー・ジャージー州) 【概要】パターソン・ケリー社のPK-125と言われる攪拌器(以下、PK-125)に、度々水が漏れる等の不具合があったにも関わらず、ナップ社の技術者達は、ヒドロ亜硫酸ナトリウム、炭酸カリウム、アルミ粉等の化学物質を混ぜる作業を開始した。3つの粉状の化学物質は上手く攪拌されたが、最後のベンズアルデヒドを混ぜる段階で、PK-125に不具合が生じて、ベンズアルデヒドを攪拌容器に注入出来なくなった。その後何度か、ベンズアルデヒドの注入を試みた。その間、水が溜まり、攪拌された3つの物質が化学反応を起こしていた。アルミ粉は、炭酸カリウムやヒドロ亜硫酸ナトリウムによって還元されてしまい、非常に不安定な状態になっていたうえに、ヒドロ亜硫酸ナトリウムが攪拌容器内に漏れた水と反応して、熱を発生し始めた。そして、この熱が不安定になっていたアルミ粉に引火して、爆燃を引き起こしたと推定される。この爆燃事故で、5名が死亡し、4名が負傷するに至った。 |
【経過】 ナップ製薬社は、製薬以外に度々他社から委託されて、化学物質の攪拌等の処理を下請けしていた。今回の事故も、 テクニック社から委託されて、金沈殿剤(GPA: Gold Precipitating Agentの略)の攪拌を請け負った。ナップ社は、 前回の 1992年の7月にも一度、テクニック事故を起こした時と同じ条件で、行っていた。 今回も、攪拌作業を請け負ったナップ社は、1995年2月にGPA関連の確認、情報交換、社内教育及び、GPAやそれに関 わる化学薬品の化学物質安全性データシート(MDSD)の確認をし始める。更には、ヒドロ亜硫酸ナトリウムが水と反応 して発熱をする事も、確認した。 調合の重量での割合は、ヒドロ亜硫酸ナトリウムが66%、アルミ粉が22%、炭酸カリウムが11%で、ベンズアル デヒドが8リットルであった。3種類の化学薬品の同時攪拌が、終わった後に、ベンズアルデヒドが臭いをカバーする 為に、注入される順序であった。この手順は、45分以内に完了するものであり、1992年に攪拌が行われた時と変わっ ている所は、全く無かった。1995年3月にテック社は、ナップ社にGPAの化学物質安全性データシートがある事を確認 した後、原材料を発注した。1995年4月に原材料がナップ社に届けられる。原材料の数量の内訳は、1千8百ポンドの アルミ粉、9百ポンドの炭酸カリウム、5千4百ポンドのヒドロ亜硫酸ナトリウムに8リットルのベンズアルデヒドで あった。 攪拌処理を開始する前の1995年4月17日、ナップ社はPK-125の洗浄を開始するために、攪拌器の容器に純水(脱イオン水) を注入する。水を抜いた後、ナップ社のメカニック達は攪拌器のI-barを分解して、掃除をした。この際、I-bar内部の ベアリングに水が溜まっていたの見て、主任は、メカニック達にPK-125の冷却水の抜き取り及び、パッキングのやりな おしを命じる。パッキングのやり直しをした後、PK-125の攪拌容器内に水漏れが無いかを確認した。その後、最後の洗 浄の過程を経え、品質管理部の作業員が、この攪拌器の洗浄過程の終了をを確認し、日誌に記入した。 4月19日、実際に化学物質の原材料を攪拌器に入れる前に、今回のプロジェクトの主任は、攪拌をする過程及び、原材料 の危険性を作業員達と確認しあった。その後、材料の重量を測り、レシピーに従って分けはじめる。最後に、攪拌器の内 部に水の漏れが無いかをもう一度確認した所、I-barの接続部分と攪拌器の内部が濡れているのを発見した。露が溜まって、 濡れたと思った作業員達とその主任は、攪拌器の冷却水を温めて、攪拌容器の温度を上げて内部を乾燥させた。その後、 攪拌器の温度が下がった時点でもう一度、攪拌器の乾燥度を確認した。 材料を攪拌器に、入れる前に作業員は何時もの通り、攪拌容器内部を真空にしてから不活性窒素ガスを注入した。これは、 攪拌器容器の内部を不活性化させる為である。4月20日の朝5時、原材料を攪拌器に入れ始める。朝6時、朝のシフトへの交 代があったので、作業の引継ぎの確認を行った後の朝8時に、原材料の装填を終了する。その間、原材料はV型の一方から 装填されていたので、攪拌の効率を良くする為に、攪拌容器を短時間回転させてから、材料をV型の両方とも平均が取れる 高さにした。その直後、最後の材料を入れる際、中を開けた作業員は材料の粉が舞い上がらなかった事に気が付いて、日 誌に記した。材料の装填作業が終わって、材料がI-barを覆う所まで入っているのを確認し、作業を終える。 攪拌作業は、10分I-barを動かさずに行われた後、5分I-barを使って攪拌を行い、最後の10分I-barを使わずに攪拌を終了 させた。これまでの過程をナップ社は、乾燥攪拌と呼び、ベンズアルデヒドをI-barに取り付けられたスプレーで、攪拌容 器内に注入しようとした。この過程で、作業員達はバニラのような臭いがするのと、攪拌容器内が水で濡れているのを確認 した。しかし、材料の大半がもう容器の中にはいってしまっていたので、I-barを取り外して修理及び洗浄が出来ない状態 になっていた。そこで、作業員達は、攪拌容器以外のパイプを取り外して、もう一度、アイソプロピル・アルコールで洗浄 して乾燥させた。 再度、ベンズアルデハイドの注入を試みたが、注入の速度が異常に遅いので、再度点検をした際、大半のベンズアルデハイ ドがパイプから漏れて、真空パイプのフィルター・カップに溜まってしまっているのを発見した。又、フィルター・カップ には、水らしき液体も溜まっていたが、この液体の分析はしなかった。 夜の7時、攪拌室に腐った卵のような匂いが立ち込め始める。その後、何度かパイプを取り外して修理をしたが、一向にベ ンズアルデヒドが攪拌容器に注入出来なかった。朝の4時半、もう一度、I-barに取り付けられたスプレー・ノズルの修理を 行う為に、攪拌容器を開けたところ、異様な煙が攪拌容器内部に発生していた。スプレーの修理を終えて、ベンズアルデハ イドの注入を試みたが、もう既にベンズアルデヒドを使い果たしてしまっていた。その間に、攪拌容器内で発生したガスに より圧力が異常に高まったので、メカニックは容器内に溜まったガスを抜く為の排気口を設置した。容器内部の混合物から は、泡と煙が発生していた。 4月21日の朝5時半、次のシフトの作業員達が来た時点で、圧力を抜く為に攪拌容器に設けられた排気口からも、煙が出始め ていた。又、この時既に臭いも建物から駐車場にまで、立ち込め始めていた。6時15分頃、ナップ社従業員が避難をし始め る。6時半頃、攪拌器に取り残された材料の取り扱いについて協議された結果、直ちに廃棄する決断が技術部の副社長によ ってなされた。その際、攪拌を行いながら、廃棄する案があったが、そうすれば、排気口部分がふさがって、圧力が上手く 抜けない等の理由で、攪拌をしないで廃棄する方法に決定した。 ナップ社の消防隊の見守る中、廃棄を試みた午前7時47分に爆燃が起きる。そして、4人作業員が熱死して、一人が後日 火傷で死亡するに至る。 |
【爆燃後】 爆燃を起こした後に、ナップ社の工場の大半が破壊される。爆燃事故で、フルオレセインと言う緑の蛍光系統の染色剤が、サドル川に2マイルに渡り流れ出した。後日、ナップ社は、専門家を雇い、この汚染の除去に当たらせた。爆燃した当時、ナップ社の工場の周りに住んでいた約400人の住民が避難をした。 |
【背景】 ヒドロ亜硫酸ナトリウム:(Na2S2O4) :白いクリスタル状で存在し、強い還元力がある。水と反応して、発熱しながら分解する。化学式は次の通り: 2Na2S2O4= 2Na2SO3+ SO2+S この、二酸化硫黄は強力な還元剤である。 又、発熱反応の熱エネルギーが、ヒドロ亜硫酸ナトリウムの分解を促進する事で、爆発的な反応をする。 アルミ粉: 通常灰色から銀色で存在し粉状の場合、空気に舞い上がり、発火すれば爆発的な反応をする。アルミ粉が爆発物に混ぜられた場合、爆発力が増える。又、炭酸カリウム等の還元剤で還元された場合、アルミ粉の粒を覆っている酸化物が取れて純水なアルミと成った場合、爆発の危険性が増す。今回も、炭酸カリウムとヒドロ亜硫酸ナトリウム等の強い還元剤が、混ざっていたので、特に気をつけるべきであった。 ベンズアルデヒド: 芳香性のある無色の液体。GPAの臭いを消す為に混ぜられる。 炭酸カリウム: ヒドロ亜硫酸ナトリウムを安定化させる為に、入れられる白色の粉。強い還元性がある。 |
【原因】 直接の原因は、攪拌容器内部にI-Barから漏れた水がヒドロ亜硫酸ナトリウムと熱反応をし始めた事で、この熱が還元されて不安定になっていたアルミ粉に引火して、爆燃を起こした。 混合物に煙が出ていた時点で、水をふんだんに使い廃棄していれば、爆発は防げた。 |
【対策】 ナップ社のメカニック達は、I-Barからの水漏れを直した筈で有ったが、実際には直っていなかった。実際に直したI-Barを確認する手順がナップ社では設けられていなかった。又、消防隊員の見る中、作業員達は廃棄を試みたが、時既に遅く爆燃をおこした。 |
【後日談】 ナップ社は、この事故で10万1千6百ドルの罰金をOSHAに支払い、この事故で流出した化学物質の汚染除去に多大なる費用を費やした. |
【知識化】 この事故は、色々な原因が重なって起きた事故である。原材料の危険性も確かめ合って取り組み始めた筈であった。実際には、水が攪拌容器内に漏れ始めた事やベンズアルデヒドが注入出来ない等、攪拌器の不具合が生じて、24時間以上も攪拌を続けてしまった。又、緊急な事態に対する手順が決まっていなかった為に、判断に更なる時間を費やしてしまった。そして、実際に廃棄をし始めた時点で、爆燃をおこした。こう言った危険物を取り扱う場合は、緊急事態に対応する手順も、確認をしておくべきであった。しかし、攪拌容器内部に水が見られた時点で原材料を廃棄して、攪拌器をきっちり点検していれば、今回の事故は防げたし、その前の時点で、I-Barからの水漏れを直した後の設備点検に時間を掛けるべきであった。機械を一度直したから、不具合を起こさずに動くと思い込むのは間違いである。 |
【情報源】
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