失敗百選 〜デュプレシス橋の崩壊〜

【動機】
カナダ,ケベック州の架橋検査員が検査を行った2週間後の1951年1月31日, トロワ・リビエール(Trois-Rivieres)の高速道路2号線に架設された デュプレシス橋(Duplessis Bridge)が氷点下35度という気温の中で崩壊した. この事例は,崩壊に至るまでその欠陥を発見できなかったその管理者の安全に対する姿勢が 全面的に問われる結果となった事例である.


デュプレシス橋の構造とその仕様.
【日時】
1951年1月31日午前3時
【場所】
カナダ,ケベック州,トロワ・リビエール(Trois-Rivieres)
高速道路2号線のデュプレシス橋
【事象】
1951年1月31日午前3時,カナダ,ケベック州,トロワ・リビエールの 高速道路2号線に架設されたデュプレシス橋が氷点下35度という気温の中で 崩壊した.原因はその橋桁*1に使用された粗悪材と, 橋の設置環境における気温がその材質を脆くしたとされており, 同橋は以前に脆性破壊*2による亀裂が橋桁に発見され緊急修理が行われていた.
そして,崩壊事故の2週間前には州の架橋検査員が検査を行った矢先の事故であった.
【経過】
デュプレシス橋は1947年の秋に$3,000,000の建設費が用いられ完成された, 連続桁橋*3であり, それはThree RiverとCap de la Madeleine Riverの間にあるSt. Maurice Riverに 架設されたものであった.同橋は主に2区間の橋から成っており, St. Christophe Islandを境に,西側と東側の橋から成っていた.
デュプレシス橋の完成から約3年が経過した1951年1月31日の午前3時, 当時の気温は氷点下35度であった.そして,そのような環境の中で同橋西側の橋が突然崩壊した.
同橋において西側の橋は,全長1380フィート(約420m),そして, 長さ180フィート(約55m)のスパンが6区間と長さ150フィート(約46m)の 両端スパンが2区間の全8区間から成っていた.そして,それらのスパンは7脚の 橋脚*4に設置された固定支持部とローラ支持部 によって支えられていた.
デュプレシス橋の崩壊では西部8スパンの橋桁の内,4スパンの橋桁が凍りついた St. Maurice Riverの上に崩れ落ちた.それら橋桁の構造としては,その橋桁下方に放物線状に 配置されたフランジと,5ft(1.5m)の間隔で配置された補剛材*5から 成っており,桁腹の厚さは0.375インチ(約1cm)であった.
デュプレシス橋はカナダの主要高速道路用の橋として建造されたため,その橋幅も自動車用の車線が 4車線と比較的幅の広い橋で,その両端には幅5フィート(約1.5m)の歩道が設けられていた.
更に同橋は1区間に対し20トン・トラック一台が走行した際にかかる周期性荷重 を想定した構造をしていたと共に,橋桁と橋梁*6 に対しての最大許容等分布荷重は,それぞれ,100psf(約490kg/m2)と70psf(約340kg/m2)であった.
また,その引張応力と圧縮応力においても最大20,000psi(約14,000,000kg/m2) までの許容範囲を持っており,一般的な座屈*7に対する強度も 持ち合わせていた.
デュプレシス橋の崩壊において,西端のスパンはその橋台より約70フィートも引っ張られ,鉄筋コンクリートで建造されたその 橋脚も完全に破壊されてしまった.
幸いにも,同橋においての 崩壊は午前3時という早朝に起きたことから大惨事には至らなかったが,その反面目撃者もいなかったと されており,具体的にどのようにして,どの部分から崩れたか等は分かっていない.
【原因】
カナダ,ケベック州トロワ・リビエール(Trois-Rivieres)にあるデュプレシス橋は 1947年の秋に建造された橋であったが,開通から約27ヶ月が経過した1950年の冬, St. Christophe Islandを境に東部側,その東端より2つ目のスパンにて,橋桁に採用されていた フランジの溶接接合部付近に脆性破壊による亀裂が2箇所発見された.
その発見でデュプレシス橋は緊急修理を余儀なくされたが,その緊急修理の際にも新たな亀裂が発見され, それらの中には,1月31日に崩壊したスパンと同一な場所で発見された亀裂,つまり, St. Christophe Islandを境に西部側のスパンにて発見されたものも含まれていた.
これら脆性破壊による亀裂のほとんどがフランジの上方部分から始まっており, それは橋脚から約11フィートと6インチ(3.5m)の突合わせ溶接接合部の位置に集中していた.
緊急修理においては,脆性破壊付近に生じたそれぞれの亀裂に対して最大9フィートの 鋼鉄フランジが取り替えられ,更にリベットによって補強が成された.
また,そのテンション・ジョイント*8の接合部分も リベット*9を使用しての補強が図られた他, 当修理においては橋の建造物が広範囲に渡って交換された.
更に崩壊事故の2週間前には, 州の架橋検査員が10日間に渡って検査を行っており,その検査では「その構造上の欠陥はない」 という結果が報告されていたが,その2週間後,デュプレシス橋は突然崩れ落ちた.

脆性破壊により生じた亀裂の直接的な原因としてはその橋桁に使用された粗悪材と, 橋の設置環境における気温が材質を脆くしたことが上げられるが,その中でも, その橋桁に使用されていた粗悪鋼鉄は,カナダ国内の製造所によって, 十分な強度を必要としないものに使用することを条件に生産されていたものだった.
そのため,同製造所で生産された鋼鉄はその製造過程においての鍛造作業前に 脱酸素作業が十分でなかったことから,その材質には炭素(Carbon)と硫黄(Sulphur)の 残留がそれぞれ最高で0.4%と0.116%という非常に高い割合で含まれていた上に, 偏析*10による 鉱滓*11も多く含まれていた.
脱酸素作業とは, 銅鉄が液体の状態において酸化物を還元する作業である.
一般的に,鋼鉄に含まれている酸化物や気体等においての可溶性は,銅鉄が液体の状態の方が 固体の状態と比較して高く,その溶解温度において銅鉄は非常に反動的であり,酸化物を 周囲の大気からよく吸収する性質を持っているため,もしも,吸収された酸化物が鍛造作業前に 還元されなかったら,凝固過程が進む中で酸化物の溶解率が低下し,材質が凝固した際に 酸素気泡が形成されてしまう.そして,酸素気泡が鋼鉄の材質の低下を招く.

現在ではこの酸素気泡形成を防ぐために,鍛造作業に入る直前に溶銅に脱酸剤が加えられ, そして,溶銅が入った鋳型(Ladle)を真空部屋におくことによって酸化物が液体銅鉄から取り除かれる.
これは,真空造塊法と呼ばれ,真空タンク内に設置した鋳型に溶鋼を注入する方法であり,鍛造用大型鋼塊の製造には不可欠な技術である.
この方法では,溶鋼が真空中に注入されると溶鋼中のガスが急激に膨張逸出し,溶鋼が微細な小滴となって飛散し,その過程で脱ガスされる.
大気中で鋳込む普通造塊法に比べて溶鋼の再酸化がなく,非金属介在物も低減される.

【背景】
1940年代から50年代にかけては脆性破壊の問題が多発していた.1930年代初頭には 約50のトラス橋がベルギーで建造されたが,それらの橋では完成直後から次々に異常が発見され, いくつかは完全に崩壊してしまった.
【対策】
デュプレシス橋の崩壊により麻痺していた交通を改善するために,歩行者用の「氷の橋」が 設備された.それは同橋が崩壊した当時,凍っていたSt. Maurice Riverに張られた氷上の整備を 行い歩行を可能にしたものだった.しかし,歩行者以外の交通は最低40マイルという迂回を余儀なくされた.
【知識化】
たび重なる修理を重ね10日間に渡る検査でも異常が発見されなかった橋が, その検査後わずか2週間で崩壊した.それは,粗悪材質を使用して建造された橋に脆性破壊が 発見されたにも関わらず,その根本的な材質の改善を怠り,他の要素で補おうとした管理者の安全 に対する姿勢が全面的に問われる結果となった事例である.
また,それと同時に表面上だけの検査がいかに役に立たないかを証明した事例でもある.
【情報源】
  • Engineering News-Record, February 8 1951, Vol146-No.6, McGraw-Hill Publication(図1,図3)
  • J Beddoes, March 2001, Case Study 3Fast Fracture of Highway Bridge (資料のコピー)
  • http://www.wednesday-night.com/Duplessis.asp(図4)
  • http://www.inv.co.jp/~yoshi/sozai/sozai-yougo/0500-b-1.html
  • http://www.inv.co.jp/~yoshi/sozai/sozai-yougo/0500-e-1.html#5100
  • http://www.techno-qanda.net/dsweb/Get/Document-5518/%E7%86%B1%E9%96%93%E9%8D%9B%E9%80%A0p55-p65.pdf
  • http://www.ksknet.co.jp/yougo/index.asp
  • http://www.watanabegumi.co.jp/pavements/knowledges/cod_.html

用語解説

1.橋桁(はしげた,Beam)
橋脚の上に橋を渡る方向に置き,橋を渡る荷重を支える構造材.
2.脆性破壊(Brittle Fracture)
材質が変形しないままで,急激な割れの進行のために破壊する現象.(広辞苑より引用)
3.連続橋桁橋(Continuous girder bridge)
橋を渡る方向に, 橋を渡るものの荷重を受ける部材(桁)を並べた構造の橋を桁橋と言う.このうち 主桁が2スパン以上にわたって,すなわち,3つ以上の支点で支えられている場合に その橋全体を連続桁橋と言う.

4.橋脚(きょうきゃく,Pier)
橋を支える下部構造.橋が川や湾をわたるとき, 橋脚が水の中に突き立つ.水流が強いときは,その動圧による横荷重 を抑えるため,流線型にしたりする.
5.補剛材(Stiffener)
構造部材を補強して剛性を増し,耐荷力を増す.補強する部材が曲がりやすい方向に,曲がりにくい他の部材を 固定することにより実現する.
6.橋梁(きょうりょう,Girder)
橋桁と区別して,横方向の構造物を橋梁と呼ぶ.転じて,橋の構造全体を橋梁とも言う.
7.座屈(Buckling)
細長い柱に軸方向の圧縮力が作用したとき,柱の 断面積から計算される荷重限界より小さな荷重で柱が折れ曲がって破壊される現象. 材料の不完全性や端部支持状態により影響されるため,限界強度や折れ曲がり方はその時々によって 異なり,正確に予測できない.
8.テンション・ジョイント(Tension Joint)
接合部材に引張応力が作用するよう設けられた継手.
9.リベット(Rivet)
釘状の接合部材,突き抜け側を平たく押しつぶすことで半永久的な固定を実現する.
10.偏析(Segregation)
鋳物製造で,溶解合金が凝固すると最初に析出する部分とあとから凝固する部分とで組成が異なるため, ある成分が1部にかたよる傾向.鋳塊の上下に起る場合と内外に起る場合とがあり,いずれも鋳塊の性質を低下させる. (広辞苑より引用)
11.鉱滓(こうさい,Slag)
溶鉱炉・平炉などで鉱石を溶錬する際に生ずる非金属性の滓(かす).