【動機】本事例は、米国史上最も致命的で自動車社会の安全を脅かす危機的リコールである。 自動車製造企業であるフォード社及びタイヤ製造企業であるファイアストン社の利害関係も 絡み、事故の被害者をなおざりにしたまま、未だに訴訟問題となっている。消費者不在の企 業利益のみの追求は、社会全体の利益とはならないし、企業イメージの低下になるのでます ます経営も困難になるであろう。また複数の会社がかかわる製品の事故原因の追究は複雑で 難しく、責任の転嫁しあいとなっている事例である。両社協力しての真の事故原因の追究と、 事故にあった人々への速やかな補償対策を願ってやまない。 |
【日時】2000年8月9日 【場所】アメリカ合衆国、イリノイ州ディケーター市(Decatur, Illinois) 【発生場所】ブリジストン/ファイアストン社(Bridgestone/Firestone)及びフォード(Ford)社 米国高速道路交通安全局(NHTSA)から指摘を受け、ブリジストン/ファイアストン社及び フォード社は約1440万本のタイヤをリコールした。 (図:アメリカ合衆国イリノイ州ディケーター市の位置(Sydrose提供) |
【詳細 - 事象】 米国高速道路交通安全局が自動車製造企業であるフォード社及びタイヤ製造企業であるファイアストン社に対し、タイヤの破裂によるフォード社製エクスプローラ(Explorer)車種の事故発生率が高いことを指摘。フォード社がタイヤ事故のデータを分析したところ、エクスプローラ用のファイアストン社製タイヤについて、タイヤの接地面のゴム部分であるトレッド(tread)(下図参照)が剥離する確率が高いこと、及び特定の工場で製造されたタイヤについて特に確率が高いことが判明。エクスプローラ車種では 1 つでもタイヤが破裂すると、車体が転倒し、乗員が死亡する可能性が高い。交通安全局の指摘から 数ヶ月後にフォード社及びファイアストン社はタイヤの撤回・回収を決定した。 |
(図:タイヤの断面図(Sydrose提供) |
【詳細 - 経緯】 2000 年 5 月に米国高速道路交通安全局は フォード社及びファイアストン社に対してフォード社製 エクスプローラ車種でタイヤの欠陥事故についての情報を要求。 フォード社が 2000年7 月にタイヤについてのデータを取得して分析したところ、15 インチの ATX 及び ATXII モデル、ウィルダネス AT タイヤでトレッドが剥離するという欠陥事故が多いこと、また、イリノイ州 ディケーター市にあるファイアストンの工場で製造されたタイヤに欠陥が多いことが判明。 通常16インチのタイヤでは100 万タイヤについて0、他のタイヤでは 100 万タイヤについて2.3 タイヤという欠陥率であるのに対し、15 インチのATX 及び ATXII モデルにおける欠陥率は 100 万タイヤについて 241タイヤであったと評価している。2000年8月9 日にタイヤのリコールが両社によって決定したが、発表方法に関しては、 両社は意見が合わなかった。ブリジストン/ファイアストン社側は、共同声明の読み上 げのみで質問には対応したくなかったのに対し、フォード社側は質問を受け付けなかったら、問題は悪化すると警告した。 2001年5月22日フォード社は自社の生産しているすべての自動車に装着している、 ウィルダネスATタイヤを無償交換すると発表した。2001年5月31日ファイアストンは、 ATXまたはウィルダネスATタイヤを装着したほとんどのエクスプローラの転倒事故は、 タイヤの欠陥よりもエクスプローラの設計上の問題のほうが大きいとして、米国高速道路交通安全局に調査を要求した。 しかし2002年2月12日広範囲な分析に基づいて事故調査事務局(ODI)は、それが後部タイヤ上の トレッド剥離によるエクスプローラーのハンドリングおよびコントロール性の欠陥調査を開始す るというファイアストンの要求を、結論として認めないことを決定した。 |
【背景 - 原因の可能性】 現在のファイアストン社は、1983年日本の企業であるブリジストン社が、アメリカのタイヤ大手 メーカーであったファイアストン社を買収し、現地子会社となった経緯がある。 ブリジストンの海外担当役員(Tadakazu Harada)は、この時点で設計製造上のいかなる問題も見つかって いないと設計責任を否定した。 これらの事故の大半は南部の州で起きていて、高温時での高速運転とタイヤの低い空気圧が要因であると述べた。 1994年から1996年の間、ファイアストンのディケーター市の工場ではストライキが行われ、 この間、臨時の交代要員が生産を行っていた。該当のタイヤはこの時期に生産されたものであった。 1995 年から 1997 年にかけてフォード社は、グッドイヤー(Goodyear)社製の同一仕様のタイヤを 200 万個購入し、内 50 万個はエクスプローラ車に搭載されたが、欠陥事故は報告されていない。エクスプローラーに装備されていたファイアストン製タイヤが、フォードが推奨しているタイヤの空気圧で高速運転を行うと、安全性が低くなるということを示しているフォード社の文書がある。この文書は、以前米国や他国で130人以上の死に関係したタイヤの事故を取り扱った、フォードとブリジストン/ファイアストンからの事情聴取を議会の調査員が発表した文書の一部であった。この文書の存在自身が、今回のエクスプローラとファイアストンタイヤの関係した事故が、フォードの推奨したエクスプローラのタイヤの空気圧について関係していないと言うフォードの立場に疑問を呈している。 タイヤの空気圧が問題なのであろうか?ブリジストンは30psiを推奨しているが、フォードでは、ほとんどの運転者は28-31psiを維持しているし、グッドイヤーのタイヤで26psiでも問題は無かったとしている。 フォードエクスプローラが問題の一部なのであろうか? フォード社製エクスプローラ車種は他社製の SUV と比較して、タイヤの破裂によって横転する確率が高い。振動とサスペンションの問題は時には解決されず、このような欠陥がファイアストンのタイヤのリコールを強いた致命的な事故を誘発している疑いがある。 フォードベネゼェラの内部メモによると エクスプローラーではファイアストンのタイヤからトレッドが剥離すると予期せぬ転倒を起こすが、他のSUVではそれが起きていない。約31%の苦情はエクスプローラーが不可解な振動をすることを示していた。ほとんどの場合、タイヤ交換やショックアブソーバーの交換を行っても問題は解決しなかった。2%以下の苦情だが、タイヤがカッピング(cuppinng)*1と言われる不可思議な磨耗をしている。これは他種のトラックでは起きていない。 ファイアストンが米オハイオ州立大学の機械工学のデニス・A・ガンサー教授(Dr. Dennis A. Guenther)に依頼し、事故分析を進めた結果では、多くの環境下において特定の型式のエクスプローラーは、後輪タイヤのトレッドが剥離した場合、ハンドルを切った以上に曲がってしまう「オーバーステアー」*2になる傾向が出たという。エクスプローラーは他社のSUV車に比べ、「アンダーステアー」*3、すなわちカーブで車体の前の部分が走行ラインより外側に膨らむ特性が著しく少ないらしい。オーバーステアーになっている車両は、高速道路を走行している場合には曲がった際に車体の後部が外側に滑りやすくなるので、タイヤが損傷した場合、非常に危険な状態になる。通常、乗用車は平均的なドライバーがコントロールしやすいようアンダーステアーになるように設計されている。エクスプローラの場合、トレッドの剥離した時、平均的なドライバーが車輌をコントロールできるだけの適切な運転上のコントロールの余裕(マージン)を持っておらず、その点において設計上の欠陥があると結論付けられている。 |
*1:別名ヒール・アンド・トゥ摩耗、トレッド部の片側が早く摩耗し、横から見てノコギリの刃状になる *2:カーブで車体の前部が走行ラインの内側に切れ込んでいく特性 *3:カーブで車体の前部が走行ラインより外側に膨らむ特性 |
【対策】 ファイヤストン社はタイヤをリコールして、交換した。その後リコール対象製品を製造した工場を閉鎖した。 2001年3月から発売された新型エクスプローラーが重心を低くする改良を行った。 (これが直接的原因ではないにせよ、改善により転倒しにくくなった。) 米国高速道路交通安全局は自動車メーカーに対し、2003年11月以降に生産する車への空気圧モニター装備を義務付けた。 |
(右図:写真はリコール対象となったファイアストンATXタイヤ 日本在住高島さんのご好意により掲載 Sydrose提供) 【後日談】事件発生以前からファイアストン・フォードが、南米各国でタイヤの回収・交換を行ったことを、 知っていたにもかかわらず、米国の消費者に知らせなかった事と、NHTSAも以前から問題を認識しな がらも何も行動がとられなかったことが、被害を拡大したと批判されている。 今回の事件におけるブリジストン/ファイアストンとフォードとの争いは、日本企業と米国企業の 典型的な行動を呈している。ファイアストン社側は自分たちの責任を認めたが、フォードの車にも 欠陥を調査する必要があるので全責任を負うわけにはいかないという立場だったのに対し、 フォード社側は自分たちには何も欠陥はなく、タイヤがすべて悪いと主張し続けた。 これは異文化の対立である。 2001年7月30日、ファイアストン社は米国で同業種であるゼネラル・モーターズ(GM)から、6年連続となる「GMサプライヤー・オブ・ザ・イヤー賞」を受賞。ファイアストン社のタイヤがかなり優秀であったことを示している。 2002年2月5日カリフォルニア州でエクスプローラーの安全性をめぐる裁判が起こされていたが、陪審員は「フォード・エクスプローラーには設計上の欠陥があった」という判決を出した。ところが陪審員はフォードに賠償責任を求めるのではなく、クルマを販売したディーラーとカリフォルニアDMV(州政府自動車局)の責任、としている。クルマの設計が横転を引き起こしたと述べているのに、それはフォードの責任ではなく販売と販売を許可した州政府の責任、という奇妙な判決なのだ。 2002年5月10日 2001年にインディアナポリスで、フォードエクスプローラーのオーナーら300万人が、一連のフォード/ファイストーン問題でクルマの価値が下がったとする集団訴訟を起こしたが連邦政府はこの訴訟の進行を拒絶した。ただしこの決定は実際にフォード/ファイアストンのタイヤバースト問題で事故を起こしたり負傷したりした人が起こしている訴訟には影響しない。 |
【知識化】 過去いくつもの同じ事故を起こしているにもかかわらず、(故意に?)見過ごされたことにより、 後日企業にとってもまた社会にとっても多大な損害となってしまった。損害は米道路交通安全局に よると2001年2月時点で死者174人・負傷者700人以上、2000年12月ブリヂストン・ファイアストン 発表の損失は約7億5千万ドル、2001年1月フォード発表の損失は5億ドルにも及んだが、 今後の訴訟による損害賠償額は計り知れない。 顧客の苦情や、品質問題の追跡は、命にかかわる車ではなおさら重要視されるべきである。 また複数のパーツの組み合わせから生じる問題は、会社が異なると、責任問題の分担も生じる ので解決するのが難しくなる。このような場合は生産者側ではなく、消費者の立場になって、 お互いの会社の連携をとるべき規範が必要となる。 当初からタイヤの欠陥が事故の第一次原因である可能性があったので、ファイアストン社は、 特定の工場で製造されたタイヤが特に繊維が剥がれる確率が高かったという事実を重要視し、 品質管理体制を見直すべきであった。 一方フォード社はフェールセーフ設計の観点から、たとえタイヤのトレッドが剥離しても、 車両のコントロールを失わないよう設計上の改善を速やかにすべきであった。 |
【情報源】
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