失敗百選 〜カラーテレビの発火・発煙〜

【事例発生日付】  1990年

【事例発生地】  日本

【事例発生場所】  家庭

【機器】  カラーテレビ

【死者数/負傷者数】  0

【事例概要】
国内の大手家電メーカー4社が、1990年に入り、発火・発煙事故を起こす恐れがあるとして公表したカラーテレビは、高圧回路周辺で肉眼では見えないほどの微小なひび割れが発生、放電を起こしていることが、各社の調査で明らかになった(1990年2月発表)。本来、数万ボルトもの電圧がかかる高圧回路は、開発・製造過程で細心の注意を払っている部分であり、業界全体に大きな衝撃を与えている。

【事象】
欠陥テレビの機種を公表したのは、東芝、パイオニア、松下電器産業、ソニーの4社である。実際に起きた発火・発煙事故は、確認されたものだけで計20件を超す。
ソニーは1989年10月頃から故障例を調べているうちに、高圧発生回路から異常な放電が起きているのに気付いた。
この回路はブラウン管後部にある電子ビームを発射する電子銃に、必要な電圧を供給するもので、変圧器が主体である。この機種では、すぐそばに2万数千ボルトの電圧がかかったリード線が通っており、電位の低い変圧器コアとの間で放電を起こさないように、絶縁効果の高い特殊な樹脂で二重に覆っていた。
ところが、品質のばらつきで、リード線が内側の樹脂の真ん中に収まらず、外側の樹脂に接する不良品ができた。さらに、テレビのスイッチを入れたり切ったりするときに生じるリード線の温度変化や、テレビ内部に侵入してきた油分などの影響で、外側の樹脂に幅数μmのひび割れが生じた。この2つの悪条件が重なり、リード線から変圧器に向かって小さな稲妻が走った。 同社の研究者は「厳しい安全性試験を通過してきた機種で、二重防護が破られるとは予測できませんでした」と話す。早く気づいて公表したため、この機種での事故報告はない。
松下と東芝の製品も原因は変圧器にあった。変圧器本体の樹脂製絶縁カバーが劣化して微細なひび割れが生じた。そこから4〜5mmのところにあった小さなねじと配線に向かって放電が起こり、間にあったほこりと配線の塩化ビニール被覆が燃え上がった。松下の場合は、内側にせり出したスピーカーの収納部分にこの火が移り、テレビ全体が焼けた。
パイオニアの場合は、高圧回路周辺部品のはんだ付けが不十分だったため、はんだと部品のリード線にごくわずかなすき間ができ、その間で放電を起こして、合成樹脂の基盤がこげた。
放電が起こる最大距離は電圧の大きさに比例し、約3万ボルトの高圧部の絶縁部にひび割れがあれば、半径約7.5mm以内の金属などに向かって放電する。
【経過】
絶縁材の劣化を引き起こす原因には未知の部分が多い。ある研究者は「絶縁材にひびが入ることを前提に新たな安全策 を考えなくては」という。
業界団体の日本電子機械工業会がテレビ安全特別委員会を設置し、安全性を高める自主基準作りを始めた。各社も独自に 絶縁、難燃材料の研究、異常電流を感知して電源を自動的に切る保護回路の強化を進める。

【原因】
カラーテレビは、オンオフの温度サイクル(0〜100℃)を受ける。絶縁材料として使用されているエポキシ樹脂が熱応力の繰返しを受け、熱疲労によってひび割れができる。ひび割れは、電気的な絶縁破壊を誘起し、金属部品への火花放電が起きる。家庭のカラーテレビはほこりをかぶっており、カラーテレビには可燃性部品がある。火花放電がほこりと可燃性部品に着火し、発火・発煙事故に至る。
【対処】
続発するカラーテレビの発火・発煙事故の背景について、小林英男東京工業大学教授(材料力学)は、構造的な問題がある、と次のように指摘する。
日本のメーカーは技術が優秀だといわれてきた。その中でも折り紙つきなのが、品質管理(QC)だった。だが、以前は単純なメカニズムだった家電製品が、最近は機能が複雑となり事故が起こり易くなっている。設計思想が問われているわけだ。 カラーテレビについてみると、音声多重、衛星放送など多機能化している上、画面が大型化し、高電圧が必要とされるようになった。さらに、24時間放送化とリモコン、ビデオの普及で、カラーテレビは酷使されるようになっている。使い方は変化しているのに、メーカーが過酷な状況を想定して行う加速実験の設定の仕方が、変わっていないのも問題だ。
また、品質管理をいくら強めても、無理な設計をしたり、材質そのものが十分な強度を持たない場合、欠陥が起こる。今のメーカーは、機能と生産性しか頭にないように映る。安全性を高めるためには、設計思想と部品の材質を根本から洗い直す必要があるのではないか。
【対策】
カラーテレビに使用されているエポキシ樹脂は、電気的絶縁を目的とした機能材料である。カラーテレビの設計において、エポキシ樹脂には力が加わらないことが前提であり、したがって強度特性は要求されない。しかし、カラーテレビはオンオフの温度サイクルを受け、エポキシ樹脂は熱疲労によってひび割れができ、ひび割れが発火・発煙事故の原因となる。諸悪の根源は、エポキシ樹脂の疲労にある。機能材料といえども機器の構成材料である以上、力が加わることは当然で、強度特性は要求されるのである。
【背景】
首都高速道路は、首都圏の社会・経済活動を支える大動脈として機能しているが、建設当初の様々な制約の下で、 河川空間等の狭隘な公共空間を活用し緊急に整備されたことや、人口の首都圏集中などから、交通渋滞、交通安 全等の課題が大きくなっている。
加えて、首都高速道路都心環状線等は最初の供用からおおむね40年が経過し、本格的な維持・更新が必要となり、 それにともなう費用の増大がある。安全をいかに効果的に確保するか、その知恵が問われている。  
【知識化】
「機能材料の破壊」
材料には、使用目的に応じて、構造材料(強度材料)と機能材料の区分がある。構造材料は文字どおりに、機器の構造を形成する材料で、強度を負担する。したがって、構造材料には、所定の強度特性が要求される。機能材料の定義は明確ではない。強度以外の機能の特性の発揮を主目的とするのが、古い機能材料の定義である。最近では、明確で特殊な機能を発揮することを目指して作られた高付加価値材料を、機能材料という。ここでいう機能材料は、前者または後者のいずれであっても構わない。強度も機能の一つであり、そもそも構造材料と機能材料という区分がおかしいことは、さておく。
現実には、機器の設計において、機能材料には力は加わらないことが前提であり、したがって強度特性は要求されない。しかし、加わるはずのない力によって機能材料が破壊し、機器またはシステム全体の機能劣化と破壊に至る事故が多発している。機能材料といえども機器の構成材料である以上、力が加わることは当然で、強度特性は要求されるのである。
【総括】
首都高速道路公団は、事故発生の10年以上前からふたの改良を研究し、実際に試験設置を行なうなどして改善を促す報告書 をまとめていたが、首都高全線で5万ヵ所あるふたのうち、7号線については事故発生まで改善措置を講じていなかった。
実際に、1992年には全く事故と同様の状態で人身事故が発生している。にもかかわらず対応ができなかった。
裁判でも指摘しているが、適正な道路管理を怠ったことが事故の原因であることは、間違いないが何故このような当たり前 のことがなされなかったという部分に踏み込む必要がある。

【情報源】
(1) カラーテレビ発火事故、朝日新聞、1990年2月26日(月)
(2) 東京工大教授の小林英男さんに聞く、朝日新聞、1990年6月22日(金)

以上