失敗百選 〜長野の駒場ダムの異常放流(2002)〜

【事例発生日付】2002年4月9日

【事例発生場所】長野県駒場ダム

【事例概要】
天竜川水系阿知川にある中部電力の駒場ダム(堰本)で、ダム水位一定制御(計画放流システム)の制御プログラムの欠陥 により、総量約2万立方mの貯水が異常放流された。    幸いにして人命被害は生じなかった。

【事象】
天竜川水系阿知川にある中部電力の駒場ダム(堰本)で、ダム水位一定制御(計画放流システム)を目標ダム水位9.9mに 設定した。5分後に、水位変更画面上で設定水位を確認後、「変更取消」操作を行い、システムの「計画起動」操作を行なった。 その約4時間後、2号洪水吐ゲート2門が突然開き、総量約2万立方mの貯水が異常放流された。
【経過】
14:05、天竜川水系阿知川にある中部電力の駒場ダム(堰本)で、約36km下流の平岡 ダム管理所において、ダム水位一定制御(計画放流システム)を、目標ダム水位9.9mに設定。
14:10、水位変更画面上で設定水位を確認後、「変更取消」操作を行い、 システムの「計画起動」操作を行なった。
18:05、2号洪水吐ゲート2門が突然開いた。 
18:06、2号洪水吐ゲートが、1回の作動時間を制限するタイマー作動により 開度49cmで停止した。異常に気付いた平岡ダム管理所では、次に1号洪水吐ゲートを停止させるため、「割込操作」 スイッチにより停止操作を試みたが、停止できなかった。
18:07、警報サイレン一斉吹鳴開始(駒場堰堤〜三穂発電所間)。「緊急停止」 により1号洪水吐ゲート作動停止(開度17cm)。そして平岡ダム管理所から遠隔操作しようとしたが不可能であった。
18:08、駒場堰堤から最大放流量約67立方m/s が流出(堰堤からの最大放流は約59立方m/s)。
18:09、駒場堰堤警報サイレン一斉吹鳴完了。
この結果、総量約2万立方mの貯水が下流に流出。
<ダム水位一定制御>
目標水位の入力設定とその時刻が設定されることによってゲートの開度制御が実行されるもので、1回の設定により 4時間後まで、設定された操作間隔時間ごとに実績の流入量・放流量・水位データを更新し設定水位と比較され、ゲ ートの開度が計算され、開度変更が必要であれば駒場堰堤へ開度変更指示が送信されゲート操作が行われる。 設定から4時間が経過すると、変更操作をしなければ、直前の設定を使用して、水位一定制御を継続する。
【原因】
遠隔操作制御プログラム(1997年4月に松下通信工業が納入)には、ダム水位一定制御の起動中に、何も設定せずに 起動操作をした場合、ならびに目標水位の水位変更操作を開始し、その後、その変更作業を取り消して起動した場合 、最初の設定から4時間経過した時点まではデータは正常であるが,4時間経過後に目標ダム設定直前の設定値に戻る べきところ、初期値(維持水位が極端に低い)に戻ってしまい、さらに、その値の有効性をチェックするプログラム がないため、異常な目標ゲート開度が設定されてゲートが急速開放するという欠陥があった。
18:05、この時点まではデータは正常であったが、14:05の目標ダム水位設定後、14:10に変更作業の取消操作を したため、プログラムの欠陥により、水位設定から4時間経過後に、維持水位が極端に低い初期値に基づいて異常な 目標ゲート開度が設定されたため、洪水吐ゲート2門が突然開いた。
異常に気付いた平岡ダム管理所では、次に1号洪水吐ゲートを停止させるため、「割込操作」スイッチにより停止操作 を試みたが、本来は「スケジュールキャンセル」スイッチによりゲートを停止させるシステムとなっていたため停止 できなかった。
「スケジュールキャンセル」ではなく「緊急停止」したことにより、現地の電源が止められたため、この時点で平岡 ダム管理所からの遠隔操作は不可能となった。
また、ゲート作動時に放流量が堰堤下流の放流制限を超える場合にゲートを自動的に停止する等の仕組みはなかった。

【対処】
10日、国交省中部地方整備局と中部電力鰍ヘ合同で堰堤下流(駒場堰堤〜天竜川合流点)巡視を開始した。中部電力は 中部地方整備局職員立会いのもと、原因調査のため、平岡ダム管理所(遠隔操作実施個所)で、操作指令データ通信の 状況確認、遠隔操作プログラム動作状況確認を行い、ゲート誤動作の原因はハード系に問題なく、制御ソフトの問題と ほぼ特定した。
中部電力は平岡ダムでの問題プログラムを使用停止とするとともに、駒場堰堤の洪水吐ゲートを全開とし常駐監視体制 とした。
中部地方整備局は、学識者、行政、施設管理者からなる「駒場堰堤ゲート自動操作システム調査委員会」を設置し検討 を開始した。
また、5月21日国交省は全国のダム・堰のゲート自動制御装置の総点検を実施し、国交省および水資源開発公団の所管 する166施設のうち4施設、道府県の管理する261施設のうち4施設について、更なる安全性の向上・確保が望ましいこと を確認した。(公表7月11日)

【対策】
@ ダム水位一定制御プログラムの欠陥対策
    ・ 「放流計画の内のダム水位一定制御」プログラム改修(計算機)
    ・ 「放流計画の内のダム水位一定制御、放流量計画制御」プログラム改修(制御卓)
    ・ ゲート作動量に対する「承認機能」の追加(制御卓)
    ・ システム仕様検証条件の見直し(中部電力社内規格)
    ・ 1回のゲート作動量の適正値検討(関係個所)

A 異常作動ゲート停止操作方法の改善
    ・ 「ゲート停止」ソフトスイッチの設置(制御卓)
    ・ ゲート「緊急停止」ハードスイッチ機能追加(表示卓)
    ・ ソフトスイッチの名称変更(制御卓)
    ・ 運転マニュアルの見直し(各ダム管理所)
    ・ 操作教育の強化(各ダム管理所、人材開発センター)
    ・ 異常時対応訓練の実施(関係個所)
B その他
    ・ 異常放流時サイレン吹鳴機構の設置(現地入出力中継装置)
    ・ 異常時における関係機関への通知・通報、報告先の見直し(関係個所)
 

【背景】
駒場ダム(堰堤)は、堰本体越流頂までの高さ9.11m、長さ36.9m。最大出力5,600Kwの発電を目的に建設した 取水堰。並列する洪水吐ゲート(幅16.082m×高さ4.90m)2門と流量調節ゲート(幅1.1m、高さ1.15m)を有する。 1937年10月から運転開始していた。
ゲート自動操作システムは1997年4月から導入されていたが、コンピュータの急速な発達とともに、自動操作システム は猛烈なスピードで導入されていた。
【知識化】
@ コンピュータ制御での不具合は、ある日突然起こる場合がある。
A 操作方法のある組み合わせでの予想外の誤動作となる場合がある。仮想演習の徹底が不可欠である。
B 異常時における多重安全策が非常に重要である。
C 保安面を考慮した停止と復帰のあり方が大切である。特にマンマシーンインターフェイスが大切である。
D 緊急時の通知・通報、連絡訓練の充実が大切である。
【総括】
このゲート自動操作システムは、ソフトの開発者(松下通信工業梶jが1997年4月に導入され、導入後、2001年秋 に一部ソフト改良が行なわれたが、特に何の問題も発生していなかった。それが突然今回の事故が発生した。幸い 人命にかかわる被害はなかったものの一つ間違えば重大事故につながる可能性があった。また、マンマシーンイン ターフェイスの重要性を再認識させる事故でもあった。

以上