失敗百選 〜中日本航空のヘリコプタ・セスナ機衝突(2001)〜

【事例発生日付】2001年5月19日

【事例発生場所】三重県桑名市

【事例概要】
共に訓練中の2人乗りヘリコプターと4人乗りセスナ機が空中衝突した。ヘリコプターは民家の庭先に落ち炎上し民家など 2棟全焼。セスナ機は駐車場に落下した。セスナ機の機長は出発前のブリーフィングで、運航担当者からヘリコプターに ついて知らされていたが、先行したヘリコプターの機長は訓練空域の使用に関するセスナ機の情報は得ていなかったこと が原因であった。
死者6名、負傷1名(地上)の犠牲者を出した。

【事象】
共に訓練中の2人乗りヘリコプターと4人乗りセスナ機が空中衝突した。ヘリコプターは民家の庭先に落ち炎上し民家など 2棟全焼。セスナ機は駐車場に落下した。死者6名、負傷1名(地上)の犠牲者を出した。
【経過】
10:05頃、名古屋空港事務所の航空管制情報官は,中日本航空のヘリコプターの訓練生 から、11:10から12:10の間に民間訓練/試験空域の中部近畿訓練空域「CK1−1」を2,000ftで使用したい旨の連絡を 受けた際、グライダーが同空域の北側を2,000ft以下で07:40から日没まで使用中であると伝えた。
11:00頃、同情報官は,中日本航空のセスナ機の操縦教官から、11:15から11:45の間 に同空域を2,000ftで使用したい旨連絡があった際、グライダー及び同社のヘリコプターが同訓練空域で訓練中であること を伝えた。セスナ機の機長は出発前のブリーフィングで、運航担当者からヘリコプターについて知らされたが、先行した ヘリコプターの機長は訓練空域の使用に関するセスナ機の情報は得ていなかった。名古屋空港を離陸し、北から南に飛行 していたヘリコプター(全長18.7m)に、約10分遅れて同空港を離陸し、東から西へ飛行中のセスナ機(全長8.21m)が 左後方から接近。
11:31頃、左後方からすぐ近くまで接近したセスナ機に気付いたヘリコプターは、急上昇 して衝突回避しようとしたが、両機は高度約640m(推定)で空中衝突。 セスナ機は駐車場に落下、ヘリは民家の庭先に落ち炎上し民家など2棟全焼、8棟が破損した。
この事故で死者6名、負傷1名(地上)の犠牲者を出した。

【原因】
@ セスナ機の機長は出発前のブリーフィングで、運航担当者からヘリコプターについて知らされたが、先行したヘリコプタ ーの機長は訓練空域の使用に関するセスナ機の情報は得ていなかった。中日本航空の訓練空域に関する社内規定には、同一訓 練空域で複数の自社機が同時に訓練する場合、機長相互間で事前調整等を行うこととするなどの訓練空域の使用に関する要領 の規定はなかった。また、同社では機長名や離着陸の予定時間、目的地などを記した書類を張り出した運航ボードを、ヘリと 小型機で分けて掲示し、機長が飛行前に両方の運航ボードを確認して磁石を置くことになっているが、訓練空域のどの高度で どのような訓練を行うかなどの項目はなかった。

A 両機がそれぞれ別の方角から桑名市内の東名阪自動車道インターチェンジを目印に飛行したため、衝突約1分前から、 お互いの相対位置が変化せずに止まっているように錯覚する「コリジョン(衝突)コース」の位置関係になり、動いている 物は見つけやすいが止まっているものには気付きにくいという人間の目の特性により、接近する相手機を発見しにくくな っていた(推定)。

B 小型機では、胴体上の主翼による死角(左右真横の上方)や窓枠がつくる死角により、外部の見張りが充分でなかった (推定)。さらに、教官役の機長(51)が右側操縦席にいて、左側「機長席」の飛行クラブ元会員の男性(52)の指導にあた っていたため,右側から接近したヘリコプターに気づくのが遅れた(推定)。さらに、ヘリコプターの存在について事前に 知らされていたが、その位置が常に飛行経路上後方だったため発見しにくかった(推定)。また、訓練生も、訓練に集中し ていた上、自機のドアフレームのつくる死角や、訓練で計器に集中するため着用していた可能性のあるフードが邪魔をして、 ヘリコプターを発見しにくかった(推定)。

C ヘリコプターでは、教官が訓練生の操縦の監視に集中し、他機に対する見張りが疎かになった(推定)。

D 中日本航空では、訓練飛行について社内規定で訓練実施要領を定めていたが、訓練中の見張りについての四周の安全確認 (クリアリング)等の注意については規定されていたが、衝突コースの危険性、翼を傾けて旋回するクリアリングターンなど の死角を考慮した見張りの方法、操縦を行う者が見張り義務を有すること、訓練生が操縦を行う場合における機長である教官 としての見張りの役割りと指導方法について規定していなかった。

【対処】
5月24日(報道),名古屋空港小型機運航連絡協議会(中日本航空など小型機を保有する民間事業者10社、愛知県警察航空隊、同県防災航空隊、航空自衛隊救難教育隊、名古屋市消防航空隊で組織)は、事故現場を含む訓練空域「CK1-1」での自主的な安全対策を国土交通省名古屋空港事務所に提出。内容は、
1)空域に入る前、無線を共通周波数「122.6メガヘルツ」に合わせ、空域内を飛んでいる小型機に呼び掛けて互いの 位置を確認する、
2)空域を離れる場合も、共通周波数で空域内を飛んでいる小型機に通報する、
3)飛行予定の時間帯に空域にいる機数を管制情報官に確認する、
4)人家の密集地上空での飛行はできるだけ避ける−など計6項目。
5月26日、中日本航空は、従来の運航ボードとは別に、地図の入った訓練空域のボードを新設し飛行地点に磁石を置き、別の機長が把握できるようにすることや、機長らが確認のサインをし、運航管理室職員もサインをする方法に改めることを決定。
5月29日、三重県と大垣市など2市6町は、国と中日本航空に要望書を提出。2市6町は訓練試験空域の除外を求めたが、県は、訓練空域を除外しても初心者の訓練以外の有視界飛行は禁止されないことから、死角の解明など、今後の安全対策につながる事故原因の根本的な究明を要望した。

【対策】
6月27日、国土交通省大阪航空局は、航空法第134条による立入検査結果に基き、中日本航空に対して航空法第112条の規定に基づき下記の事項について事業改善命令を出した。
  1. 運航の管理体制の改善
    出発前における操縦士と運航管理担当者間及び操縦士相互間で十分な事前調整を行い、出発後においても 相互の連絡調整を行う体制を整備すること。
  2. 外部監視の徹底等
    空中衝突事故等を防止するため、操縦士に対し、外部監視の徹底、他の航空機との十分な間隔の確保等について 十分に教育し、周知徹底を図る体制を整備すること。
  3. 全社的な安全に対する取組みの強化及び安全意識の再徹底
    今後、かかる航空事故を再発することのないよう、全社的な安全に対する取組みを強化するとともに、操縦士、 運航管理担当者等安全業務に直接従事する者のみならず経営に携わる者を含む全社員に対して、安全意識の再徹 底を図ること。
同日、国土交通省航空局は、航空交通流管理センター、地方航空局及び各航空交通管制部に対して「民間訓練試験空域の管理及び運用にあたっての基本的な方針」を示し、管轄する各訓練試験空域管理機関に対して当該方針に沿った訓練試験空域ごとの管理運用実施要領を7月27日までに制定し、実施するよう求めた。基本的な方針の骨子は、
  1. 使用時間の分離及び必要な場合は民間訓練試験空域内を分割することにより同時に一定の場所を使用する訓練機の数を原則として1機とする調整を実施する。
  2. 訓練機に対し他の航空機の状況等の情報提供の強化を図る。
  3. 空域内の訓練機に対し、共通無線周波数のモニター等の安全対策の徹底を図る。
  4. 民間訓練試験空域の管理運用を行う空港事務所と、使用者間で定期的に連絡調整会議を開催する。
7月、国土交通省は事故のあった空域を3分割し、1空域に1機しか入れないようにした。
7月16日、中日本航空株式会社は改善措置を実施した旨、報告。特に、運航監視を重点に運航管理担当者を28人から35人に増員し、無線機2台を設置して綿密に飛行状況を把握できるようにした。さらに、航空機の死角を図面化した印刷物を機内に張るなど基本的な対策も講じた。また、搭乗者名簿作製を厳格化し、ヘリと飛行機の各運航部を隣同士に配置し、毎朝の合同ミーティングで、各運航部と運航管理室が所属機の運航状況を相互にチェック。
運航管理室に、ヘリと飛行機の運航ダイヤを一覧にし時間帯や空域が重なっていないか点検するボードと、赤い磁石などで航空機の位置を確認する訓練空域図のボードを新設、操縦士と運航管理担当職員が出発前に確認。飛行中は共通周波数無線を使って相互に連絡を取り合うこととした。
2002年5月19日、中日本航空は事故1年後のこの日から一週間を「航空安全週間」とし、20日に名古屋空港の同社格納庫で「安全の誓い」集会を行った。
9月5日、国土交通省航空局は、「民間訓練試験空域の管理及び運用にあたっての基本的な方針」に基づき、全国の民間訓練試験空域の管理運用体制を変更し、10月3日から実施する旨のAIP(航空路誌)の改訂を行った。管理運用体制の概要は、
  1. 全国の民間訓練試験空域47を細分化し119カ所とした。(一部改訂、新設あり)
  2. 全国の民間訓練試験空域使用予定、使用状況等の情報を航空交通流管理センター(福岡市)を中心として 管理するとともに関係機関間でデータ交換し情報の共有化を図る。
  3. 民間訓練試験空域使用に係る計画書は、航空交通流管理センター又はいずれの空港事務所でも受け付ける ことが可能とした。なお、運航者に対してはすべての民間訓練試験空域について、使用予定等の情報を提供する ことが可能となる。
 
【背景】
中日本航空運航管理室によると、ヘリはこの日午前11時から午後1時まで、軽飛行機は午前11時から正午ごろ まで、桑名上空の「中部近畿1の1訓練試験空域」で訓練の予定だった。ヘリコプターの機長は1970年に入社、 30年以上ヘリ専門に操縦するベテラン。同乗者も十数年の経験があるベテランだった。セスナ機の機長も、1992年 の入社以前から単発、双発の軽飛行機に十数年の操縦歴があるベテランで、訓練生を指導していた。
現場は、JR関西線と近鉄の桑名駅から北西に約2キロ離れた住宅密集地で、近くには小学校もあり国道258号線も通っている。 「中部・近畿」空域は渥美半島南の太平洋上にもあるが、訓練機は名古屋空港に近い内陸部にある今回の空域を選ぶことが多 く、国土交通省名古屋空港事務所によると、昨年1年間で延べ1,169機、今年に入ってからも1〜3月に各100機以上、先月にも 77機が使用するなど、機数は全国でも五指に入るという。
【知識化】
@ 民間航空機の訓練試験空域は住宅地にかかっている。
A 見通しのよい有視界飛行でも、航空機衝突事故は起こりうる。
B 環境状況を予め情報としてインプットしておくことは、事故回避に役立つ。
【総括】
本事故は「即死者6人が飛び散った血の住宅地」との報道で、住宅地にかかっている航空機の民間訓練試験空域の 危険性を印象付けた。民間訓練空域は、幹線航路などを考慮して設定され、全国に四十七カ所ある。国土交通省大 阪航空局によると、民間の訓練空域に市街地が入っているケースは多く、山岳地域は気流条件などを考慮して、多 くを平野部に設定しているという。平野部には民家や人口の過密地帯が多く、それだけ住宅地の危険度も増すとい うことになる。
また、セスナ機の同乗者2名は無届けである違反行為が発覚したが、本事故との直接の因果関係は不明であるが、 同乗者に気が取られるなど、引き金になった可能性も否定できない。

以上