失敗百選
〜山陽新幹線トンネルのコンクリートがひかり号直撃〜

【事例発生日付】1999年6月27日

【事例発生場所】JR山陽新幹線福岡トンネル内

【事例概要】
JR山陽新幹線・福岡トンネル内壁のコンクリート(重さ約200kg)が剥落・落下し、最高速度に近い時速約220kmで走行中の 新大阪発博多行き「ひかり351号」(12両編成・乗客約250人)屋根に衝突した。下り線線路から高さ5.5m付近のコールド ジョイント部で、劣化が進行して不連続面ができ、列車の振動や風圧などがきっかけとなり、剥落・落下したものと推定される。

【事象】
JR山陽新幹線・福岡トンネル内壁のコンクリート(重さ約200kg)が剥落・落下し、最高速度に近い時速約220kmで走行中の 新大阪発博多行き「ひかり351号」(12両編成・乗客約250人)屋根に衝突した。
【経過】
1998年11月と1999年4月2日、トンネルの保守点検が行なわれたが、異常なしの報告であった。
1999年6月27日09:15頃、「のぞみ」が福岡トンネルを通過。
09:25頃、JR山陽新幹線・福岡トンネル内壁で、下り線線路から高さ5.5m付近のコンク リート(2m×65cm ×厚さ40cm、重さ約200kg)が剥落・落下し、最高速度に近い時速約220kmで走行中の新大阪発博多行き 「ひかり351号」(12両編成・乗客約250人)屋根に衝突した。
9号車のアルミ製屋根(厚さ1.6mm)の片側が中央部から幅約1m、長さ約16mにわたって引き裂いた後、10号車のパンタグラフに衝突、碍子4つのうち3つ破損。コンクリートは3つに割れ、1つ(重さ約100kg、46cm×40cm×26cm、最大)は線路脇に落下。もう1つは10号車の屋根を凹ませた後落下。残った1つは11号車の屋根に2m近い傷を付け大きくバウンド、最後尾12号車のパンタグラフに激突。パンタグラフは支柱部分を残して上半分大破。窓ガラス30枚に計60ヵ所の傷(深さ1mm以下)がついた。 9号車の屋根はアルミ合金の下の鉄板に穴が開いていたが、車両(最も古い0系)客室の天井裏の空調設備が緩衝材になって客室内に影響が及ばなかった。
また、「曲線引き装置」(2本の架線を横方向に引張ってパンタグラフとの接触位置を調整してぶれを防ぐ)のうち、架線と接続している鉄製金具(直径2cm、長さ95cm)2本が中央付近から折れ、1本が落下、もう1本は架線からぶら下がった。同金具はトンネル内に45m間隔で設置。 すぐに停電となったため、「ひかり351号」はトンネルを出たところで約1時間半停車後、博多駅に到着。 反対側の上り線を通過中に事故車とすれ違った博多発東京行き「のぞみ12号」(16両編成)の先頭車両の「排障器」などにもコンクリート塊衝突。車両床下の車軸駆動モーターの保護カバーに、破損したパンタグラフの一部(長さ約20cmの鉄棒)が刺さった。のぞみ12号は異常音を感知して緊急停車したが、約50分後に停電復旧したため運転再開し、東京まで走行後、車両所で点検時に傷発見。 この事故で、上下12本運休、上下62本が最高3時間58分遅れがでた。

【原因】
1.コールドジョイント(注)部の劣化
トンネル内壁の、下り線線路から高さ5.5m付近のコールドジョイント部で、劣化が進行して不連続面ができ、コンクリートが、列車の振動や風圧などがきっかけとなり(推定)、2m×65cm ×厚さ40cm(重さ約200kg)にわたり剥落・落下した。
2.コールドジョイント部の形成
コールドジョイント部ができた原因は、1970年(着工)〜1975年3月(完成)、福岡トンネルの施工時(旧国鉄下関工 事局が「鉄建建設」に発注)に、施工指針を守らなかったためと考えられる。
3.コンクリートの強度不足
さらに、コールドジョイントの下方にコンクリートの混ぜ具合が不十分で密度が低い部分も認められた。流動性を高めて 作業能率をあげるため、コンクリートに必要以上の水を混ぜていたことも一因とみられる。
4.安全点検項目の不足
安全点検項目には、漏水や剥離などはあるがコールドジョイントは入っておらず、異常なしの報告。
(注)コールドジョイント
旧国鉄の施工工事指針「土木工事標準示方書」では、「1区画内のコンクリートは、打ち込みが完了するまで連続して打ち込む」「連続できない場合は一体となるよう施工する」としてある。打ち継ぎを中断する場合は、事前にバイブレーターを入れ、コンクリートが固まらないようにする必要がある。
先に打ち込んだコンクリートが乾ききらないうちに、次のコンクリートを流し込めば両者は接合して一体化するが、時間がたって乾燥してからで打ち込むと、「コールドジョイント」と呼ばれる不連続面ができ、接合不十分な状態になり強度が落ちる。さらに、二酸化炭素と反応したり、水がしみ込みやすくなる。
【対処】
12月16日JR西日本は、10月25日から52日間、延べ69,000人を動員して実施していた山陽新幹線の全142トンネル (総延長約280km)の総点検を終了。
総点検は年末年始の繁忙期に間に合わせるため、11月8日以降、広島―博多間で午後10時以降部分運休して進められた。 380本運休し、延べ57,000人に影響、総点検終了に伴い、16日から通常ダイヤに戻った。点検・補修費用は約50億円。 打音検査で異常音がしたのは41,138箇所、約9,690平方m(壁面全体の面積約590万平方mの0.2%)。内訳は、亀裂など著しい劣化や内部に空洞などの可能性がある「濁音」 5,790箇所(1,930平方m)、「浮き」などコンクリート表面近くに劣化の可能性がある「軽音」 34,006箇所(7,118 平方m)、セメントと砂利の混ざり方が不均一でコンクリートがもろくなる「ジャンカ」 1,342箇所(641平方m)。落下の可能性がある11,693箇所のうち「浮き」10,205箇所と「ジャンカ」1,064箇所の計11,369箇所(2,302 平方m)はハンマーでたたき落とした。残り324箇所はたたき落とせなかったが、すべて鋼板やステンレス製ネットなどで補強。広島―博多間の72トンネル(約136km)に、劣化部分全体の約66%(27,124箇所)があった。 また、落下した場合に列車に当たる可能性が高いアーチの頂上付近が7,278箇所(約18%,2,658平方m)、頂上から下のアーチ部が29,103箇所(約71%,6,521 平方m)、側壁部分の劣化は約10%。 濁音箇所のうち、壁面の一定区画が亀裂で囲まれるなどで落下の可能性が強い「重点亀裂」は1,265箇所にのぼり、新大阪―広島間に全体の7割強が集中。このうち1,203箇所(95%)は、落下した場合に列車を直撃する可能性がある天井やアーチ部分にあった。危険性が最も高く、総点検期間内に補強が必要な 68箇所については 鋼板などで補強、漏水を伴うひび割れで、1999年度内に補強が必要な 215箇所は補強、危険性が少ない 982箇所については補強せず定期点検などで重点的に監視。
鉄筋施工のトンネルでは、高架橋同様に中性化や塩害といった鉄筋の腐食によるコンクリートの浮きが710箇所で確認され、たたき落とすなどして補修。全142トンネルのうち、64トンネルの317箇所で、建設当時に使ったベニヤ板など木片、針金、鉄筋の一部などの異物がコンクリート内から見つかった。
同日午後、運輸省は総点検の結果報告を受け、専門家で構成する「トンネル安全問題検討会」と省内の「運輸安全戦略会議」を開いて点検結果や補修内容などを検証するとともに、同社に対して今後の適切な保守管理を強く求めた。 トンネル安全問題検討会は「トンネルは一般的には極めて安定した構造物。何の前触れもなく突然トンネルが崩れ落ちるようなことは考えられない」「当面は大きなコンクリート落下事故はない」「1999年6月の福岡トンネル、10月の北九州トンネルの落下事故は共に覆工の局部的な問題で、両事故が山陽新幹線のトンネル全体が危険な状態に陥る予兆との見方は不適切」とした。
これを受け、運輸相は、当面の安全性は確保できたとして、「現時点での安全性に特段の問題はない」とする「安全宣言」をした。
【対策】
2000年2月28日、運輸省のトンネル安全問題検討会は、新たな鉄道トンネル点検マニュアルを含む最終報告書をまとめた。 今後はトンネル完成の直後からひび割れなどを徹底的に把握し、トンネルの展開図に記載するなどしてその後の点検・管理に活用する必要があると提言。また、これまでは2年以内に1度行うよう規定されていた全般検査を、
1) 初期"カルテ"となる「初回」、
2) 2年ごとに行う「通常」、
3) 新幹線は10年、在来線は20年ごとに行う「特別」――の三段階で行うよう求めた。

トンネル点検マニュアルでは、目視検査で見つかった劣化個所のうち、打音検査の対象とする基準を、コンクリートの打ち継ぎ目(コールドジョイント)やひび割れ部などの劣化状態に応じて図表などで36パターンに明確化。その際の目視検査は至近距離から十分な照明を当てて実施。これらの点検結果は、各トンネルの"カルテ"として展開図などに記録して引き継ぐ。 剥落の判定は「要対策」、「要注意」、「問題なし」の3段階に分類。要対策と判定した場合、可能な限り剥落しそうな部分をたたき落とす。その上で、
1)はつり落として断面修復、
2)ひび割れ注入、
3)当て板(H形鋼、鋼板、FRP板)、
4)金網・ネット(FRPメッシュ)、
5)補強セントル、
6)内面補強工(炭素繊維、アラミド繊維、ガラス繊維などのシートか鉄板を接着)、
7)内巻き(塗布、吹き付け、場所打ち、プレキャスト)、
8)ロックボルト、
9)部分改築、
10)全面改築――のいずれかを施す。
また、自動検査システムや遠隔監視システムなど新技術の開発、導入も提言した。最終報告を受け運輸省は、国内の鉄道事業者全108社に対し、報告書を踏まえた保守管理を行うよう通達。既存トンネルについては、新幹線は1年、在来線は2年以内に「初回」全般検査を実施することとし、検査計画を3月末までに提出するよう要請した。
【背景】
事故を起こした山陽新幹線の広島-博多間の建設当時、我が国の建設ラッシュの時代であり、山陽新幹線と平行 して高速道路や九州縦貫道が建設されており、市場では建設資材や建設技術者や労務者が不足する状況にあった。
このような中で、福岡トンネルの施工工期は、山陽新幹線の博多までの開通予定日により制限されていたが、破砕帯に直面するなどの工事トラブルや工事発注区間変更されるなど、工程上厳しいものがあったことが、工事記録に記されている。福岡トンネル西工区の工程の遅れは数ヶ月に及び、1日の必要工事量を増加しなければならない事態が発生し、突貫工事で工期短縮を図った。  
【知識化】
@ 工事の手抜きは大きな事故の原因になる可能性がある。
A スクラップ&ビルトの時代から、維持・管理の時代となった今日は、コンクリートの品質や劣化状況の 検査方法が大切である。
B 本事故後の検査で補修がなされ、運輸省による「安全宣言」が出されたが、検査時点のみであり、劣化が時間と ともに進むので、本当に安全かは保障されない。
【総括】
コンクリート片が直撃した9号車の屋根はアルミ合金の下の鉄板に穴が開いていたが、車両(最も古い0系)客室の天井裏の空調設備が緩衝材になって客室内に影響が及ばなかった。しかし、事故の約10分前に現場を通過した「のぞみ」などの新型車両では、空調設備が床下にあり屋根(アルミ製)が薄いため、天井を破ってコンクリート片が客室内に落下した可能性があった。
また、通過前に線路上にコンクリート片が落下していた場合には先頭車両に付いている「排障器」(スカート)が数100kg程度の障害物まで排除することができるとされているが、台車に巻き込んで脱線する可能性もあった。さらに、運転席に落下した場合には、先頭車両そのものが破壊され大事故につながった可能性があった。 今回は幸いにも、犠牲者を出す事故にはならなかったが、一歩間違えば大事故になった可能性がある。大事故の警鐘として本事故から学ぶべきであろう。

以上