【事例発生日時】1999年1月11日 【事例発生場所】神奈川県横浜市 【事例概要】 神奈川県横浜市金沢区の横浜市立大学医学部付属病院第一外科で、肺手術と心臓手術の患者を取り違えて手術、切開後気付いた。看護婦の搬送ミスが直接の原因であった。 【事象】 神奈川県横浜市金沢区の横浜市立大学医学部付属病院第一外科で、肺手術と心臓手術の患者を取り違えて手術、 切開後気付いた。 【経過】 1月8日(手術3日前)、心臓弁膜症の手術予定の患者A(74)と肺の手術をする予定 の患者B(84)の病室に、手術室担当の看護婦が「ラウンド」と呼ばれる回診に訪れ、患者に手術の内容を説明する とともに患者の病状や体の特徴を確認した。ラウンドは通常、手術の前日に行われるが、前日は日曜日にあたるた め前の週の金曜日のこの日に行われた。麻酔医も病室を訪れ、患者Aの担当麻酔医は入れ歯を外しておくよう伝えた。 1月11日8:20、7階の第一外科病棟からストレッチャーを使った患者の搬送が始まった。 心臓病の患者Aを送り出す直前、病棟の医師の1人が背中にフランドルテープ(ニトログリセリンを染み込ませた貼り薬 で心臓病の患者にしばしば使われる)を貼った。このことは手術室へ申し送られた。患者のカルテはそれぞれのスト レッチャーの下に置かれた。同病院では患者の体に名札などを付けることはしていなかった。当初、2人を載せたス トレッチャーは2人の看護婦によって1台ずつ運ばれたが、エレベーターに載せたところで、忙しいということで、2台 のストレッチャーは1人の看護婦に任された。その後は、看護婦1人がストレッチャー1台を片手で押し、もう1台を片手 で引いて患者2人を同時に運んだ。 <交換ホールでの患者引継ぎ> 患者は4階の手術室隣にある、患者とカルテの引継ぎが行われる手術室交換ホールに運ばれた。病棟側の交換ホールと 手術室の間は、雑菌などができるだけ入り込まないようガラスの壁で仕切られ、患者の体を手術室側に搬入するための ハッチウェイというベルト式の新しい装置が導入されていた。2人を手術室側で引き継いだのは3日前の回診で2人の顔 の確認をした看護婦だった。ハッチウェイによる患者受け渡しの直前,病棟看護婦は手術室の看護婦に対し「病棟のA さんとBさんです」と2人の名前を伝えた。3日前に患者Aと患者Bに術前訪問していた手術室の看護婦が患者Aに対し、 間違って「Bさんおはようございます」と声をかけた。 次に、病棟看護婦は心臓病の患者Aを送り込む時に「Aさん、お願いします」と言った。しかし、術前訪問していた看護婦が、再びAさんに対して「Bさん、よく眠れましたか」と声をかけ、患者Aが「はい」と答えたため、患者A、患者Bのどちらにも面識のなかった手術室の別の看護婦は、送られてきた患者を肺疾患の患者Bだと思い込んだ。次に肺疾患の患者Bが運び入れられたときには声による確認は行われず、患者Bは逆に心臓病の患者Aに間違えられることになった。手術担当看護婦は、患者Bに「Aさん寒くないですか」と声をかけたところ「暑くはないね」と答えた。カルテは患者が手術室に運ばれた後、ハッチウェイから離れた所にある扉から手渡され、患者とは別のルートで手術室に届けられた。 <手術の準備段階> 手術室では看護婦などが患者に対して名前を呼びかけながら準備が進められたが、2人の患者は、それぞれ間違った名前に対して応えてしまった。 心臓病の手術室では、患者Aに入れ歯を外すように指示していた麻酔医が口から管を入れる際、患者の歯がすべて揃って いたことに疑問を感じたものの、それ以上深く考えなかった(患者Bには入れ歯はない)、フランドルテープが貼られていないことは特に気に留められなかった。心臓病の患者Aの入った肺疾患の手術室では、医師や看護婦が患者の背中にフランドルテープが貼られていることに気が付いた。しかし麻酔医は「何だこのシールは」と言いながらテープを剥がし、その後不審に思うことはなかったと証言している。 9:00過ぎ、心臓病の手術室に執刀医2人が入室した。この時すでに患者Bには帽子やアイ パッチが着けられ口には管が挿入され、顔の確認が難しい状態だった。麻酔医は患者の髪の毛が、記憶にある患者Aのも のに比べやや短く白髪が多いと感じたが、散髪したのだろうと思い確認はしなかった。 また、心臓内の血圧が手術前には異常に高かったにもかかわらず、この時は正常な値を示していた。さらに心臓の血液の 流れを見る超音波検査の映像も前回の検査と違っていた。医師達は疑問を抱いたが、医師の1人は肋骨の形から、やはり 患者はAであるとみなした。血圧や超音波検査の結果についても、手術前の検査との違いは麻酔によって一時的に起こる もので医学的にあり得るものと解釈した。 麻酔医は念のため患者Aが手術室に運ばれてきているかどうか病棟に確認するよう看護婦に指示した。病棟からの回答は 「確かにAさんは手術室に降りている」というものだった。 9:45、患者Bの手術開始。心臓の手術では大量の出血が予想されるため患者Aは予め自分の 血液を1リットル以上採血し、それを手術で使う「自己血輸血」を予定していた。しかし患者Aの血液は肺疾患の患者Bに 輸血されてしまった。幸い2人の血液型は偶然同じであった。また、自己血輸血には輸血用血液によるウイルス感染の危 険性を防ぐ目的があるが、逆にウイルス検査が不十分になることが多く、自己血の取り違えはウイルス感染の恐れもで てくる。今回は検査の結果,ウイルスは検出されなかった。 手術の際、執刀医らはカルテの記述と実際の病巣の場所が少し違うことや、手術前の予想と違い心臓の病状が軽いこと に気が付いたが、手術を中止することはなかった。 15:45、心臓病の手術室で肺疾患の患者Bに対する手術終了。 16:00過ぎ、心臓を手術された肺疾患の患者Bは手術室隣の集中治療室に運ばれた。 そこには肺を手術された心臓病の患者Aも運ばれ、2人のベッドは偶然隣り合わせになった。ここで行われた患者の体重 測定でAであるはずの患者の体重がカルテのデータと大きく異なっていることが分かり、看護婦が患者を取り違えてい たのではないかとの疑いを持った。 16:45、前年まで患者Aの主治医だった医師が訪れ、患者の顔をみたところAではなかった上、 隣のベッドの患者の顔がAに似ていることに気が付いた。元主治医は隣のベッドの患者の胸に聴診器を当て、患者Aの 心臓の音であることを確認した。元主治医がその患者に名前を尋ねたところAであったため、患者が取り違えられて 手術されていたことが分かった。 【原因】 本来ならマンツーマンが原則なのに、1人の看護婦が、それぞれ心臓と肺の手術を予定していた患者2人を病棟から手術室の待合所である交換ホールに取り違えて搬送したこと。患者を受け取ったホールの看護婦から、手術室の看護婦への氏名の確認ミス。そして、麻酔医や執刀医・助手らが患者の確認を怠ったこと、などがあげられる。 【対処】 1月14日(報道)、 横浜市立大附属病院では、問題が起きたあと、患者の足に名前を書いたり、名札をつけたりする再発防止策を開始した。(以前にも同じ対策が検討されていたが実現していなかった。) 【対策】 5月12日、厚生省の検討会は、類似事故防止策に関する報告書を発表。内容は、 @ 麻酔開始時には主治医や執刀医が立ち会い、患者の最終確認をする、 A 手術スタッフによる術前の患者訪問、 B 患者識別バンドの装着、 C 1人の職員が複数の患者を同時に搬送することを避ける、 D 患者本人や家族に氏名を名乗ってもらって確認する、 E 患者の顔写真をカルテに貼るなどして、患者とカルテを一緒に搬送する、 F 事故防止委員会の設置 9月7日、横浜市立大附属病院は、病院改革の報告書公表。内容は、 @ 医学部教授が兼任している病院長を専任(医科単科大学以外の医学部附属病院としては初めて)とし権限を強化、 A 副病院長のポストと副病院長が直轄する、安全管理を担当する「医療安全管理部門」を新設、 B 外部の専門家による改革進捗状況評価委員会設置――など。 2000年2月14日、横浜市大病院の改革案などを調査してきた「外部評価委員会」は、「一元的な安全管理のため、大学病院を医学部の縦割り講座制と切り離し、別組織として運営することを検討すべきだ」とする報告書をまとめ、横浜市に提出。 報告書は「事故の背景には臨床より研究に比重を置いてきた日本の大学医学部共通の問題がある」と指摘。「同様の事故はほかの大病院でも起こりうる」として、横浜市大病院の改革案を広く公表することを求めている。 【背景】 横浜市立大学医学部付属病院(横浜市金沢区)は外科や小児科など21の診療科があった。約620病床で11の手術室 を備え、1998年度には約4,000件の手術が行なわれていた。この病院は他の大学病院と同様に、高度な医療を提供 するための、一定の人員配置、設備を整えた「特定機能病院」として承認されていた。そして「医師、看護婦は親 切で、医療技術も高い」と通院者からの評価も高かった。 |
【知識化】 @ 間違いが重なって大失敗を引き起こす。 A 多忙はミスの元凶となる。 B 医師への盲信は不可。患者自身は対応不可であり、家族などしか対応できない。 C 分業化はコミュニケーションミスを引き起こす。 D 人はおかしいと思っても意外と物事を進めてしまう。おかしいと思ったら、確認することが不可欠である。 |
【総括】 心臓手術患者と肺手術患者が取り違えられ、要らざる手術がなされるという前代未聞の出来事が起こった。 看護婦、麻酔医、執刀医などいくつものチェック機会があったにもかかわらず発生してしまった。初歩的な ミスがいくつも重なったともいえるが、1人の看護婦が2人の患者を搬送した点など、病院経営の改善にとも なう人手不足も背景にあると考えられる。日本の大学病院の病床当たりの看護婦数は米国の1/3、欧州の1/2 であり、医療事故がいつ起きてもおかしくない環境といえよう。 以上 |