失敗百選
〜越生町で水道媒介のクリプトスポリジウム集団感染(1996)〜

【事例発生日付】1996年6月17日

【事例発生場所】埼玉県越生町

【事例概要】
埼玉県越生町の住民約13,800人のうち、約8,700〜8,800人に集団下痢、腹痛が発生した。 寄生性原虫クリプトスポリジウムの混入した排水が越辺川に流れ込み、数十年ぶりの渇水で川の水量が減っていたこともあり、下流の大満浄水場で取水した水にクリプトスポリジウムが混入したものと推定される。国内で初めて水道を介した集団感染になった。

【事象】
埼玉県越生町の住民約13,800人のうち、約8,700〜8,800人に集団下痢、腹痛が発生した。
【経過】
6月3日頃〜、越生町で小中学校の児童生徒らに端を発する集団下痢、腹痛が発生していた。
6月10日から原因を調査したところ、6月17日、有症者の検便からクリプトスポリジウム(原虫)が検出され、その後、水道水からも 検出された。
小中学校の欠席者数は6月11日には、最大210人にも達した。最終的には、住民約13,800人のうち8,705 (越生町による)〜8,812人(厚生省による)が集団感染した。国内で初めて水道を介した集団感染になった。
【原因】
越生町営上水道の大満浄水場は越片川の伏流水(川底の集水渠)を水源の一部としていたが、同浄水場の600m上流と 1.3km上流に、計100世帯分の雑排水と屎尿を処理する2つの集落排水処理施設があった。同排水処理施設は農水省の 補助事業で、厚生省の管轄する水道事業との整合性を考慮することなく建設された(推定)。
同排水処理施設から、感染者(最初の感染源は不明)の便に含まれていた寄生性原虫クリプトスポリジウムの混入した排水が 越辺川に流れ込み、数十年ぶりの渇水で川の水量が減っていたこともあり、下流の大満浄水場で取水した水にクリプトスポリ ジウムが混入(推定)。
クリプトスポリジウムは浄水場での塩素消毒では死滅しないため、水道水に混入してしまった。
【対処】
1996年10月、厚生省はろ過装置設置などの「水道におけるクリプトスポリジウム暫定対策指針」を作り、 全国618の浄水施設に改善を要請した。
要点は、1)水道の水源の近傍上流域に、人間又は哺乳動物の糞便を処理する施設等の排出源がある場合には、水道原水の 糞便による汚染の有無を把握し、クリプトスポリジウムによる水道水の汚染のおそれがあるかどうかを判断する、2)クリ プトスポリジウムによって水道原水が汚染されるおそれのある浄水場では、浄水処理の徹底(例;膜ろ過法や急速ろ過法等 により、水道水の濁度を0.1度以下に維持。)、取水口の移設、あるいは汚水処理施設等の排水口移設等の実施を図る、 などであった。
しかし、1997年7月(公表)、厚生省が全国94水源282地点で調査した結果、秋田、山形、群馬、栃木、熊本、沖縄の6水源 8地点からクリプトスポリジウム検出した。
【対策】
1998年4月28日、越生町大満の町浄水場の隣に第1号の高度浄水施設落成、5月から約2年ぶりに町営水道の給水を再開した。特殊膜で処理する膜ろ過水施設としては全国最大規模で、上水道では厚生省が初めて認可した。ポリスルホンという石油製品でできた直径約2oのストロー状の膜を数千本束ねた管に水を通して浄水する。膜の表面は0.2ミクロン以下という微細な網の目状になっており、約5ミクロンのクリプトスポリジウムを取り除ける。(総事業費約4億円。国と県の補助金はあるが、2億円以上は町の負担した。)
処理量が一日数百トン規模の簡易水道などには膜ろ過施設があったが、上水道の浄水施設に採用されるのは全国で初めてであった。この施設では一日4000トンを処理することができる。
1998年度、神奈川県は2つの浄水場で膜ろ過施設を導入。東京都も多摩地区の小規模な浄水場で導入を検討中。
【背景】
クリプトスポリジウム原虫は寄生性原虫で、大きさは約5ミクロン。宿主(人間や牛など)の外ではオーシストという硬い殻 の形で存在しており、増殖することはない。オーシストが哺乳動物に経口的に摂取されると増殖し、再びオーシストになる。 これが糞便とともに体外に排出されて、新たな感染源となる。塩素消毒では死滅しない。人に感染すると腹痛を伴う下痢を 引き起こす。
1993年3〜4月、米国ウィスコンシン州Milwaukeeで水道水による集団感染で約40万3000人が発症し、4400人が入院、多数死亡していた。
クリプトスポリジウムは検出が難しく、従来、日本国内には生息していないと考えられていた上、寄生虫の集団感染は過去の ものと思われていたこと、さらに、日本の水道水の安全確保対策の主流である塩素消毒の効果がないこともあり、水道の安全 性・信頼性を根底から揺るがした。
【知識化】
@ 従来のシステムは必ずしも将来の安全性を保障しない。水質基準は必ずしも十分とはいえない。
A 具体的な事故が起きないと対策は徹底されない。
B 日本の水道水も煮沸して飲むのが最大の防衛策といえる。
【総括】
1998年12月18日(報道)、厚生省の調査で、「水道におけるクリプトスポリジウム暫定対策指針」が、北海道や埼玉、福岡など25道県の223施設(給水人口計約113万人)で依然対策が不十分だったことが判明した。とくに、山形、和歌山では各6施設全部、埼玉も20施設中12施設が改善されていなかった。また、問題のある施設の約7割は給水人口5000人未満の簡易水道だった。日本の水道水の安全神話が一瞬にして崩壊した事件であった。

以上