失敗百選 〜タコマ橋の崩壊〜
【概要】
米国ワシントン州のタコマに新設計によるつり橋が完成したが、
完成後わずか4ヶ月のち、毎秒19m/sの横風のために崩壊してしまった。幸い、
人名の損傷はなかった。横風による橋の自励振動が原因であった。
【日時】
1940年11月7日
【場所】
米国ワシントン州タコマ市
【事象】
米国ワシントン州のタコマに新しいつり橋が完成したが、
完成後わずか4ヶ月のち、毎秒19m/sの横風のために崩壊してしまった。
幸い、人名の損傷はなかった。
【経過】
図1に示すように、米国ワシントン州北西部の入り組んだ湾の海峡部を跨ぐ形で、
1940年3月9日に、タコマ橋は完成した。図2に示すように、タコマ橋の中央スパンは853mだが、
橋床の幅は車道2車線と両側歩道とあわせて11.9mしかなく、長さに比べて幅の狭い橋であった。
そして施工完成直後から、風が吹くと上下動が大きいことがわかり、
その解析と補強方法の検討とが風洞模型実験によって進められていた。
11月7日、振動が激しいという報告が現地からあったため、
風洞模型実験を担当していたワシントン大学のフォーカーソン博士とそのグループは、
16mmフィルムを用いて橋の撮影を実施した。
最初のうちは、図3上のように、中央スパンは全体で9個の山谷を有し、
蛇が蛇行するように、上下に波打っていた。そのときの振動の周期は36サイクル/分であった。
この状況が1時間近く続いたのち、突如として振動モードが変化した。
橋床がひっくり返ると思われるほどの大きなねじれ振動を始めた。図3下のように、
中央スパンの中央に節をもつ対称な波形モードを有し、そのときの振動の周期は14サイクル/分であった。
これは、スパン中央で橋桁とケーブルとを斜めに張って固定している補強部材
(センター・ダイアゴナル・タイ)が疲労破壊して、剛性が極端に低下したためである。
図3下でわかるように、1/4スパンの位置が最も振動が激しいが、
ちょうどその位置に乗用車が乗り捨てられており、16mmフィルムに振動の様子が鮮明に記録されている
(写真1)。やがて、橋床が変形に耐えきれず破損し、海中に落ちていった(写真2)。
【原因】
破壊の原因は、横風によってつり橋が自励振動したためである。
ただしこの原因は、無知によるものではなく、未知による。実際、振動現象が理解できないので、
風洞模型実験がおこなわれている最中に事故が起こった。この橋は設計者モイセーエフ氏のたわみ理論
「つり橋のスパン(橋脚と橋脚の間の距離)が長くなればなるほど、
ケーブルの自重が橋桁のそれに比べて相対的に大きくなり、
車や人などの動くものの荷重は橋桁よりもケーブルがたわんで支えるようになる」
で設計し作られた。これは、スパンの長いつり橋を企画するためには、
橋桁の部材を節約できるため、極めてコスト的に都合のよい理論であった。
本理論を極限まで実行したものがタコマ橋である。タコマ橋の橋桁は、扁平なH形で、
剛性補強のために斜めにトラスを張るような、ねじれ防止は行なわれていない(写真3)。
事故後に行なった風洞実験等によって、次の2つの要因が明らかになった。
- 橋桁の剛性が不足しており、極めてたわみやすく、またねじれやすい。
このため、簡単に振動が始まってしまった。
- 橋桁の形状が空気力学的に不安定であった。橋桁はH形であるため、
桁の端で空気の剥離が起こりやすく、そのうえ渦の発生タイミングが,
橋桁の動きと一致してしまった。つまり、風が作り出す渦によって橋桁が動かされ、
さらに動かされることによってまた新たな渦を発生させるという風の発振メカニズムを、
設計者は考慮していなかった。
【対処】
アメリカ合衆国政府の委嘱によって、事故調査委員会が構成された。
メンバーは、カルマン(カルマン渦で著名な流体力学の大家)、アンマン
(ジョージ・ワシントンつり橋の設計者)、ウッドラフ(ゴールデンゲートつり橋の設計者)
の3名であった。事故発生後4ヶ月余で、報告書がまとめられた。
報告書には、「タコマ橋は、構造物の設計において考慮されるべき静的な荷重
(風を含む)に対して、設計的にも施工的にも十分な配慮が払われていた。したがって本事故は、
考慮の外にあった動的な力、すなわち風による過度の振動に原因があると考えられる。
つり橋に及ぼされる空気力学的な影響について、実験的にも理論的にも、
今後一層の研究を進めることが望ましい」と書かれている。
【対策】
1960年、新しいタコマ橋は写真4のように、
頑丈な剛性補強トラスが橋桁に取り付けられた構造で建設され、
今日に至っている。
【総括】
米国のタコマ橋が、横風に誘発された自励振動によって崩壊した。
しかし、フォーカーソン教授が撮影した詳細な16mmフィルム映像や、
その後に行なわれた風洞実験解析によって、その振動のメカニズム、
および橋桁の剛性の必要性が明らかになり、その教訓から得られた動的解析方法は、
その後のつり橋設計の指針となった。
【知識化】
- 動的な自励振動を考慮しないと、橋が落ちることもある。
自励振動は通常の機械部品を切削加工する際に、「びびり」として観察される。
これが生じると、切削中のバイトが折れたり、ラップ中の定盤が踊ったりする。
- 失敗を生かすことの大切さを知れ。大失敗でもきちんと記録を残すことで、
貴重な技術財産となる。事故の歴史は人間が体験した壮大な試験記録である。
【背景】
タコマ橋の設計者モイセーエフは、
当時最も信頼される先進技術者の1人であった。
モイセーエフのたわみ理論では、
「つり橋は、そのケーブルの自重が重ければ重いほど、
そして荷重のかかったときの橋床のたわみ方が大きければ大きいほど、
橋桁に加わる力は相対的に小さくなる。もし、つり橋のスパンがはるかに長くなれば、
橋桁を補強する必要はなくなる」というものであった。すなわち、
スパンが長くなればなるほど、ケーブルの自重が橋桁のそれに比べて相対的に大きくなり、
車や人などの動くものの荷重は橋桁よりもケーブルがたわんで支えるようになる。
これは、スパンの長いつり橋を企画するためには、橋桁の部材を節約できるため、
極めて都合のよい理論であり、当時の大恐慌下での建設資金を削減したいという、
時代の要請にもマッチするものであった。
【引用文献】
畑村洋太郎編著 実際の設計研究会著:続々・実際の設計 日刊工業新聞社(1996)