失敗百選 〜長崎のタービンロータの破裂〜

【概要】
   組立完了した大形タービンの安全および性能確認のため、 造船所内で試運転していたところ、直径(最大)1,778mm、 胴部長さ3,590mm、重さ50トンのロータが、 不純物による脆化と切り欠き効果が原因で突然破裂し、破片が飛散した。 この事故で、死者4名、重軽傷者61名を出した。 エネルギー需要増大のためタービンの大型化が必要とされ、 また、タービン技術において日本メーカが欧米企業との技術提携による開発から、 独自の技術開発に転換し始めていた時期でもあった。

【日時】
   1970年10月24日

【場所】
   長崎県長崎市

【事象】
   組立完了した大形タービンの安全および性能確認のため試運転していたところ、 直径(最大)1,778mm、胴部長さ3,590mm、重さ50トンのロータが突然破裂し、破片が飛散した。 死者4名、重軽傷者61名の犠牲者を出した。

【経過】
   タービンの大形化・大出力化のなかで、それまで高圧1軸・中圧1軸・ 低圧2軸だったものを、図1に示すように高圧と中圧を併せて1軸・低圧2軸として軸数を減らし、 さらに最終段ブレード(翼)の取付け部のリング部材を一体化して大径化することになった。 タービンロータは外周にブレードを植え付けた高速回転体である。

   組立完了したタービンを、安全と性能の確認のために、定格速度(3,000rpm) の20%増しの速度(3,600rpm)まで回転数を上げる120%過速度試験を行なおうとした。 ところが、速度を上昇させている途中、3,540rpm(定格の118%)で突然ロータが破裂した。 破裂前の軸振動は良好で全く異常は認められなかった。 試験温度は40〜50℃であった(高温高圧の蒸気を流しているのでなく、 単に軸を外部からの動力で回転させて試験を行なっていた)。 破裂はロータ中心部から4等分の形で割れ(図2)、 回転接線方向に向って4方向に飛散した(図3)。 回転試験場は長崎湾に面し、一方は海、他方は山になっているが、 四散した重さが9トンある破片の1つ(図中で“S”と表示)は、空中を海に向けて880m飛び、 重さが11トンの他の破片(図中で“M” と表示)は空中を山に向って飛び、 1.5km先で標高200mの地点に落下した。 他の1片(図中で“W” と表示)は、試験場のある工場の床に平行に進み、 多くの人員と機器に損傷を与えて停止した。 最後の1片(図中で“H” と表示)は、試験場の床に突き刺さる形で停止した。


【原因】
   ロータ破損の原因および破壊に至るメカニズムは以下のとおりであった。 (写真1、図4)
  1. 材料中に含まれる不純物が造塊時に中心部に凝縮されるとともに、中心部には柱状晶の間隙に半径方向に小さな空孔(ミクロポロシティという)が発生した。
  2. 鍛造によってこれらの偏析を解消し空孔を消滅させることができなかった上に、最終熱処理時では中心付近の冷却時の温度低下速度が遅く、中心部に脆性を与えていた。
  3. ロータの大径化に伴い、中心付近に発生する接線応力が従来のものに比べて大きくなった。
  4. 高速回転による大きな接線力がその限界をこえたとき、脆性破壊が発生し、 次いで高応力の延性破壊が生じ、ロータは破裂した。
技術管理的には、材料の脆化の事実を把握していなかったこと。・・・無知
ロータを超音波探傷法を用いて、内部欠陥の存在を測定していた。 実際の検査で検出されたものは全て小さなエコーの存在のみであった(許容欠陥の大きさ5mm未満)。 当時、小さいミクロポロシティが集合することで6mmの欠陥と同じ破壊強度への影響(集合効果) があることは認識されていなかった。・・・未知
が考えられる。

【対処】
   技術的には、まず何が起こったかの現況把握、次に回収された破片の破損状況、 材料特性および飛散状況などのデータに基づいた原因および破損メカニズムの究明が実施された。 死傷した従業員に対しては、補償・職場復帰など手厚く対応された。 社会に対しては情報の一元化を図って不正確な情報が流布しないようにした。また、顧客に対しては、 新たな製鋼法による代替品のロータを作って2ヶ月後の納期を守り、顧客への迷惑を最小限に止めた。

【対策】
   本事故の原因は、ロータ中心部の延性が異常に低いことであり、 それをもたらすのが含有不純物と偏析による脆化の素地生成である。 したがってこれらを取り除くための新しい技術の採用が行なわれた。 すなわち、製鋼法として従来おこなっていたけい素(Si)脱酸真空造塊法から、 真空カーボン(C)脱酸造塊法に変更した。また、材料の素地を作る製鋼法の改善の他に、 熱処理法の改善、および超音波探傷法などの検査法の改善も行なわれた。
   また、破裂に続く破片の飛散により多数の死傷者を出したことに鑑み、 回転試験装置も改めた。すなわち、試験装置をピット(地中に掘った開口穴)に埋め、 回転部分に重厚な蓋を設け、たとえ破裂が起こっても破片が飛散しない構造とした。

【総括】
   この事故は単にロータが破裂しただけでなく、 多くの死傷者を伴う重大な事故となった。 そのため、事故に対する対処は技術上のものおよび対顧客のものに限らず、 人身に関するもの、対社会に関するもの、また法律的なもの (刑事事件として業務上過失致死傷に当たるかどうかということ) など、多くの課題を同時に扱う必要が生じた。

【知識化】
  1. 製作の全工程の内容とそこで生じる基本現象を把握する必要がある。 ・・・とくに造塊時の凝固現象、鍛造時の結晶組織の変化、 鍛造と熱処理時の機械的性質の変化(とくに脆化)。
  2. 材料は均一ではない。成分を決めれば、 均一で一定の性質のものが自動的に得られると思うのは大間違い。
  3. ものが壊れるメカニズムを知らなければならない。 ・・・とくに脆性破壊の条件とメカニズムについて。
  4. 道に迷ったら必ず厳しい道を選ぶ。 険しい道は頂上に上る道、平坦な道は里へ戻る道。 ・・・対策は根本的要因を絶たなければ解決しない。 この例では不純物を溶け込ませない造塊法を採用すること以外にとる道はない。
   また、万一事故が発生しても被害を最小限に抑えるための対策が必要である。 ・・・構造的な対策と十分な仮想演習が不可欠である。

【背景】
   タービンは、動力を電力に変換するシステムの基幹をなす機械である。 高い圧力と温度の蒸気を、軸(タービンロータ)に円周状に配置された翼 (タービンブレード)にぶつけて、軸の回転力を取り出す。 タービンによって得られた回転エネルギーは、発電機によって電気エネルギーに変換され、 社会に供給される。電力は最も使いやすいエネルギーの1つであり、人間生活の重要な基礎を提供する。 事故の起こった1970年頃は、日本では経済の高度成長末期で、活発な経済活動が行なわれており、 また世界的に見て石油エネルギーが最も安く大量に入手でき、電力への変換が容易で、 エネルギー需要の増大のためタービンの大型化が必要であった (この事故から3年後の1973年には石油危機が発生し、世界のエネルギー事情が一転する)。 また、タービン技術においても、それまでの日本の主要メーカの技術提携による技術開発 (アメリカのウェスティングハウス、ゼネラルエレクトリック、ヨーロッパのジーメンスなど)から、 それぞれ独自の技術開発に転換し始めていた時期でもあった。

【引用文献】
畑村洋太郎編著、実際の設計研究会著:続々・実際の設計、日刊工業新聞社(1996)