【事例発生日付】1999年 11月 15日 午後4時29分 【事例発生場所】宇宙開発事業団・種子島宇宙センター 【事例概要】 気象衛星「ひまわり」の後継衛星である運輸多目的衛星を載せた国産H2ロケット8号機が1999年11月15日に打ち上げら れたが、第1段目エンジンが突然停止し、打ち上げは失敗した。H2ロケットの打ち上げは8回目だが、1998年2月の打ち 上げでも、2段目エンジンの燃焼が不十分で搭載衛星を予定軌道に投入できなかった。相次ぐ失敗で日本のロケット技術 への信頼が大きく揺らいだ。 宇宙開発委員会は事故機を海底から回収するなどして、主エンジン「LE-7」の水素燃料ポンプの羽根が破損したこと を突き止め、ポンプで発生した大量の気泡が原因とした。これらの原因追求結果、後継のH2Aロケットの「LE-7」 に反映された。 【事象】 運輸多目的衛星を載せたH2ロケット8号機が、1999年11月15日午後4時29分、宇宙開発事業団・種子島宇宙センター (鹿児島県)から打ち上げられたが、第1段目エンジンが予定時間より早く停止し、予定軌道をはずれたため、宇宙開発 事業団は地上からの指令でロケットを爆破し、打ち上げは失敗した。 |
【経過】 1. H2ロケット8号機が、1999年11月15日 午後4時29分、宇宙開発事業団・種子島宇宙センター(鹿児島県) から打ち上げられた。 2. 二段式のH2ロケットの1段目エンジンは約6分間燃焼するはずだったが、点火から約4分後に停止した。このため ロケットの上昇速度が落ち予定軌道をはずれた。さらにその状態で1段目と2段目が分離し、2段目エンジンが燃焼を始 めるなど、制御不能に近い状態になった。事業団はこのまま飛行を続けると追尾不能になり地上への落下などの危険が生 ずると判断、打ち上げから7分35秒後に爆破指令を送った。管制記録などから高度46キロの上空から落下し、小笠原 諸島の北西海上150キロ付近に墜落した。 3. 1999年 11月 16日 宇宙開発事業団が1段目エンジン停止の原因について速報を出し、宇宙開発委員会・ 技術評価部会に報告した。 4. 2000年12月8日 この失敗を受けて宇宙開発事業団はロケット打ち上げ計画を大幅に見直した。H2打ち上げ計画を打ち切り、 次世代のH2Aロケット開発に集中する。事業団は、H2Aの信頼性を上げるためにエンジンの地上燃焼試験を追加。2000年1-2月 ごろに予定していた1号機の打ち上げを、1年延期した。 5. 2000年1月23日 8号機のエンジンは小笠原沖水深約3000mの海底に沈んでいるのを海洋科学技術センターの調査船が発見。エンジンを回収した。 宇宙開発事業団は28日、小笠原沖の海底から回収したエンジンを科学技術庁航空宇宙技術研究所に搬入し、打ち上げ失敗の原因 究明を始めた。 6. 2000年3月17日 H2ロケットの原因を究明する宇宙開発委員会技術評価部会が、、エンジンの液体水素ターボポンプ入り口にあった羽根車の羽根の一枚が疲労破壊で破損しており、これが羽根の表面にある微細な傷の部分が破断したことから始まったとみられると報告した。 7. 2000年4月14日 宇宙開発委員会は、H2ロケット8号機の事故原因調査結果をまとめた。燃料の液体水素を燃焼室に送り込むポンプに想定外の逆流現象が発生し、限界を超える力がポンプの羽根に加わったとしている。宇宙開発事業団はこの結果を受け、中断していた改良型H2Aロケット主エンジンの開発を再開した。 8. 2000年5月9日 宇宙開発委員会が最終報告 宇宙開発委員会は、水素燃料ポンプを破壊に至らしめた大量の泡の発生を予測できなかったことについて、「設計上の問題」 だったとする最終報告書をまとめた。 9. 宇宙開発事業団が次期主力ロケットとして開発したH2Aの1号機が2001年8月29日種子島宇宙センター(鹿児島県) から打ち上げられた。焦点の第1、2段エンジンは順調に燃焼、搭載装置を目的の軌道に乗せたことが確認され、打上げに成功。 |
【原因】 「H2ロケット8号機が第1段エンジンLE7の停止で打ち上げに失敗したのは、 エンジンに液体水素燃料を送り込むポンプで発生した気泡が原因」 ■ 燃料の液体水素を燃焼室に送り込む液体水素ターボポンプの入り口のインデューサーで旋回キァビテーションにより、 インデューサー羽根から液体水素燃料の上流に向かって気泡の逆流現象が起き、変動圧が増加、水素燃料の流れを整える エルボー整流ベーンが逆流によって変形したことが重なり、想定した五倍程度の力がポンプの羽根に加わった。力が羽根車 の表面加工痕に集中し亀裂発生、進展し、羽根の1枚が破損、エンジン急停止。破損羽根が接触衝突し、温度圧力上昇、 ケーシングが破損し、液体水素が漏洩、エンジンが破損した。 ■ 羽根車の表面にあった微細な加工痕は幅1μm、長さ100μm、深さ10μmの小さなもので、液体水素の圧力変化によって生 じた振動が、この微細な傷に集中し金属疲労が起こり羽根が破断した。羽根は手作りされており、もともと表面には微細な傷 が残るが、品質検査ではこれら微細な傷は性能に影響を与えるものではないとして許容されていた。 ■ 旋回キァビテーションの発生は経験されており、液体酸素ターボポンプを改良したが、試験段階で液体水素ターボポンプも 旋回キァビテーションの発生を確認するも性能低下が認められなかったことを理由に対策はされなかった。 ■ 要因の一つとされる泡の逆流による振動は、エンジン開発時には想定されていなかった。開発後に似た逆流現象が大学の 研究で見つかっており、機会学会で発表されていた。もし、このような情報が共有されていれば、エンジンの改良に生かせた 可能性がある。 |
【対処】 宇宙開発委員会 H2ロケット八号機の失敗の原因究明を、事故機を海底から回収するなどして徹底的に取り組んだ。 宇宙開発事業団は、ロケット打ち上げ計画を大幅に見直した。H2打ち上げ計画を打ち切り、次世代のH2Aロケット開発に集中する。事業団は、H2Aの信頼性を上げるためにエンジンの地上燃焼試験を追加。2000年1-2月ごろに予定していた1号機の打ち上げを1年延期した。 |
【対策】 1. H2A用のLE7Aエンジンへの対策 逆流する気泡を考慮し、気泡が発生しにくい翼の形状を導入したり、回転翼の手前の配管の内径を数ミリ広げるなど、 泡の発生を防ぐ工夫をした。入口エルボー整流ベーン不装着。:LE-7Aエンジン燃焼試験、燃料ターボポンプインデュー サ水流し試験、燃料ターボポンプ単体の限界確認試験等で確認 2. H2Aロケットへの対策 1) 設計に関して H2A評価チームによる、H2Aシステムの技術評価の実施。H2A総点検を実施し、H2からH2Aへの変更点に限らず、H2A全体 の要求、設計、製造、開発等に関する点検、評価を実施。LE-7Aについては、製造に係る特殊工程アセスメントを行った。 2)開発試験に関して a.試験において、厳しい条件の試験を実施し、設計余裕を知る。 b.解析での検証で良しとしていたものについても、再度見直しを行い、必要なものについ ては試験の確認を行う。 の基本的な考え方で開発強化策を実施。 具体的には,H-IIAの開発強化策として、以下の試験を行い、信頼性の向上を図った。 LE-7A燃焼試験、 LE-5Bの燃焼試験 固体ロケットブースタの燃焼試験 誘導制御系のシステム試験:実機と同一仕様の機器(ソフト)で誘導制御系の組合せ試験 を行い、機能を確認。 試験機の追加 144回の試験が実施され実際の飛行より過酷な試験も多い。 3. 新しい科学的データを設計変更などに即座に生かせる柔軟な体制の構築 大阪大学などで泡の挙動に関する研究が進んでおり、それを反映させた対策が取られれば、事故は未然に防げたとの反省を踏まえ、H2Aの仕上げをはじめとする今後の宇宙開発プロジェクトにおいて、新しい科学的データを設計変更などに即座に生かせる柔軟な体制を構築 する。 |
【背景】 米国でも1998年から大型ロケットの打ち上げ失敗が続き、米国防総省は、効率化を急ぎ過ぎ技術の質の低下を招いた ことが失敗の背景にあるとする事故分析報告書をまとめた。衛星打ち上げを軍事用ロケットの転用から低コストの新 型商用ロケットに切り替えようとしていた矢先に事故が連続した。市場競争で守勢に立たされた末に技術的なほころ びが出るという図式は、打ち上げビジネス参入目前で失敗した日本にも共通する。 報告書は一連の事故原因として、設計や装置の技術的な欠陥、品質管理や打ち上げまでの手順に問題があったとしている。 |
【知識化】 @ 旋回キァビテーションの発生により、大量の気泡が逆流し変動圧が増大し、回転翼に大きな力を加えることがある。 A 表面の微細な加工傷でも応力が集中すれば金属疲労によって亀裂が発生、破断にいたることがある。 B 先端技術の開発において、未知の開発と云えども、他の専門分野や、研究機関で同様の先行 事例、経験、知見があることが多い。調査の範囲を広げて研究することが必要。また広範囲 にわたる研究機関間のデータ等情報共有がてきる体制の構築が必要。 |
【総括】 H2ロケット8号機LE-7エンジンの事故は、旋回キャビテ-ションによるインデュ-サ羽根の直接励 振、逆流と入口整流板の干渉による圧力変動による励振、入口整流ベ-ン損傷による圧力変動の増 加、表面加工痕からの亀裂発生、タ-ボポンプ軸系の振動が複合して起きたことが判明した。旋回 キャビテ-ションにより発生した気泡が主因で、逆流現象に対する研究開発が不足し、水素燃料ポ ンプを破壊に至らしめた大量の泡の発生を予測できなかったことについて、設計上の問題があっ た。エンジン開発時には想定されていなかった。先端技術の開発につきものの失敗といえる。し かしエンジン開発後に似た現象が大学の研究で見つかっており、もし、このような情報が共有さ れていれば、エンジンの改良に生かせた可能性がある。 H2ロケット8号機LE-7エンジンの事故原因は、後継のLE-7Aエンジン、H2Aロケットの設計、 開発試験、開発体制に反映され、その後のH2Aロケット打ち上げ成功に導いた。 以上 |