失敗百選 〜高速増殖原子炉「もんじゅ」のナトリウム漏れ〜

【事例発生日付】1995年12月8日

【事例発生場所】埼玉県比企郡吉見町

【事例概要】
動燃敦賀の高速増殖原型炉「もんじゅ」で2次冷却系配管から冷却材のナトリウムが漏れ、空気と反応し発煙した。中間熱交換器出口付近に設置されている温度計の熱電対を包む「さや細管」が破断したためであった。

【事象】
動燃敦賀の高速増殖原型炉「もんじゅ」で2次冷却系配管から冷却材のナトリウムが漏れ、空気と反応し発煙した。
【経過】
19:47、電気出力40%でのプラントトリップ(緊急停止)試験のため、 熱出力45%に向けて出力上昇操作中、「中間熱交換機出口ナトリウム温度高」の警報が発生した。 6秒後に火災検知器が作動した。
19:48、「2次主冷却系ナトリウム漏えい」の警報が発生した。漏えいを確認するため、 運転員1名が現場である配管室へ、運転員2名がナトリウム漏えい検出器のある現場制御室に出向くと共に、中央制御室で2次系のナトリウムの液位に顕著な変化がないことを確認した。
20:00頃、運転員は小規模漏えいと判断し、通常の停止操作を開始した。
20:49頃、火災検知器の発報が急増し、運転員は白煙の増加を確認し、当直長に報告。
V21:09頃、当直長は緊急停止操作(手動トリップ)を判断した。
21:19頃、原子炉の緊急停止操作を行なった。
22:55〜、ナトリウム温度の低下を待って、配管部のナトリウムの抜き取り作業開始。
9日0:15、ナトリウムの抜き取り作業完了。
(この時点ではまだどこから漏えいしたか分からなかった)。

ナトリウムの漏えい推定量約640kg、ナトリウム配管直下の空調用の換気ダクトと鉄製足場(グレーチング)に穴があき、床ライナ上に漏れたナトリウムが堆積した。このうち建物内で回収できた量は約410kgで、約230kgがエアロゾルとして建物の外に漏洩(推定)。ナトリウム中には微量のトリチウムが含まれていたが、原子炉発電施設からの平常放出実績より小さく、環境影響はなかった(推定)。
【原因】
 
  1. さや細管の破損
    破損のメカニズムは、2次主冷却系配管の中間熱交換器出口付近に設置されている温度計の熱電対を包む 「さや細管」で、配管内をナトリウムが流れる時、さや細管下流側で対称渦が発生。これによる流力振動の周期と、 さや細管の固有振動の周期が近かったため共振し、さや細管根本の段付き部で高サイクル疲労が発生したものであった。
    その要因は、以下のとおり。
    @ 1991年12月に米国ASMEに抗力方向振動指針が追加されたが、気付かなかった。 またメーカ設計では、カルマン渦による共振回避を検討したが、段付形状と異なる テーパ形状の基準を参考にした。・・・・・調査検討不足
    A メーカ設計では、さや細管部の長さをメーカ社内基準でそのまま適用し、剛性の 低い構造になった。・・・・・不用意な引用
    B カルマン渦の共振を回避していたため、加工業者への製作図面では、段付部の丸みを指定してなかった。・・・・・不注意
    C 動燃(当時)は、温度計は計装品であり汎用技術の延長と考え、他の2次主冷却系の容器、ポンプ、弁と同様の 設計審査をしなかった。また、設計審査で「常陽」との比較など先行炉の経験の反映が行なわれなかった。 ・・・・・知識伝承無視

  2. 運転手順等の不備
    ナトリウム漏えい検出後の対応が遅く大量のナトリウムが漏えいした。
    その要因は以下のとおり。
    @ 漏えい規模の判断を誤らせるような運転手順書の記載と構成であった。
    A ナトリウム漏えい検出器の指示値(経時変化)が現場盤にあり、中央制御室で状態変化が監視できなかった。
    B 運転手順書に基づき、ナトリウム温度の低下を待ってナトリウム抜き取り作業に着手したため、 漏えいが長時間継続した。その間、空調が運転され、ナトリウムエアロゾルが拡散した。

  3. ナトリウム燃焼・腐食・・・・・問題意識があれば知り得た知見
    今回の現象である鉄、ナトリウム、および酸素が関与する界面反応については、「もんじゅ」設計当時、他分野の少数の専門家(鉄鋼精錬)に知られていたにとどまり、高速炉開発の関係者には知られていなかった。
      
  4. 情報トラブル
    事故の場合、国への報告と共に、地元との安全協定に基づき、発生およびその状況報告等について、地元への通報連絡を早期におこなうことが求められている。
    @ 事故発生第1報の遅れ
    連絡体制が複雑であり、約50分後に通報連絡を開始した。
    A 緊急体制の不備
    緊急体制時、とくに報道機関や来訪者への対応が不備であった。
    B 事故直後の不適切な情報提供・・・・・組織の自己保身
    事故直後の混乱から「2時・10時の漏えい室入域問題」「ビデオ問題」など虚偽報告、情報隠し問題が発生した。
【対処】
事故後、14時すぎに配管室に入り、ナトリウムの漏えい場所の大まかな確認および状況調査を行い、16時頃には、 漏えい場所の確定および再度の状況把握を実施した。
しかし、これらの情報が的確に伝達、公表されなかったことが後で判明した。
12月11日、科学技術庁は、原子力安全局に、原因追求を進めるため専門家の参画を得て 「もんじゅナトリウム漏えい事故調査・検討タスクフォース」の設置した。 12月20日から、原子力安全局は立ち入り検査での調査を実施した。 平成8年2月9日に、タスクフォースは「動力炉・核燃料開発事業団高速増殖炉原型炉もんじゅナトリウム漏えい 事故の調査状況について」の中間報告を公表し、動燃としての対応をもとめた。
平成8年10月から1年半の期間をかけて安全性総点検を実施した。
【対策】
@ ナトリウム漏えい対策
漏えい早期検出、事故状態を集中的に管理するための、検出器増設、ITV設置、総合漏えい監視システムの設置。漏えいを検出したら原子炉を即時停止、空調停止、ナトリウム緊急抜き取りの実施(20分)。また、漏えい後、窒素ガスを注入し燃焼抑制可能とし、エリアを区画化する。また、ナトリウム燃焼による腐食対策として、コンクリートからの水分放出を抑制するため、壁・天井に断熱材を設置する。 改良型温度計を設計し、「配管内円柱状構造物の流力振動評価指針」(1998年、日本機械学会)で振動防止を確認。
A 最新技術情報の反映
新たな知見の反映を確実にするため、反映する情報の収集体制を定め、反映状況を確認するための検討会で評価検討し、「もんじゅ」の「原子炉等安全審査委員会」で審議するシステムとした。
B 運転手順書等の改善
判断基準の明確化、使いやすさ、判りやすさの観点から見直し、改訂審査承認体制を整備。また教育訓練内容の充実、ナトリウム訓練施設を利用したナトリウム取扱い訓練の実施。
C 設計審査手法の改善
設計審査要領を整備し、計装品などの小型機器の扱いも含めた設計審査の着眼点を明らかにし、関係専門家の技術審査、品質保証担当の審査および「もんじゅ」の「原子炉等安全審査委員会」での審査を行うようにした。
D 事故通報体制の見直し
連絡責任者を「もんじゅ」に24時間常駐させ、事故が発生した場合、当直長からの連絡を受けた連絡責任者の判断により、直接関係機関への連絡を行う体制に改め、同時一斉FAXの設置、緊急時出動要員への携帯電話配備など設備面を充実。毎日通報連絡訓練を実施。
E 緊急時体制の整備
動燃からサイクル機構への組織改革の際、敦賀地区においては、もんじゅ建設所、ふげん発電所等を統括する敦賀本部を設置し、事故時には敦賀本部で、相互に支援要員の即時派遣が可能となる体制を予め組織。
F 情報公開と社会的信頼回復への活動
「情報公開課」を設置し、情報公開法施行に先立って「情報公開指針」を策定し、制度的に情報公開を進めるなど。
【背景】
もんじゅは、将来のエネルギー供給を担う高速炉増殖炉サイクル技術の中核施設として、 発電プラントとしての信頼性実証のために建設された高速増殖炉開発の原子炉である。 1995年4月に稼動開始し、翌年8月に初送電を行なった。2次主冷却をナトリウムで行なう ことから、ナトリウムの取扱い技術を確立するための施設でもあった。  
【知識化】
@ 初期対応の遅れが事故の影響を大きくする。
A 予想以上の被害状況の場合、当事者は隠そうとする。
B 計装品など付属部品の品質や安全確認は軽視される。
C ASMEなど設計指針等の改訂内容は見逃されやすい。
D 手順書は被害を最小にするためのものでなくてはならない。
E 参考になる先行事例はたいがい存在する。
【総括】
漏えいしたナトリウムで周辺の空調用ダクトと鉄製足場に穴があき、床ライナ上に堆積した事故後の状況を正しく伝えようとしなかったとして大きな話題となった事故であった。幸い事故にともなう放射性物質の影響はなかったが、事故原因およびその後の対応方法について多くのことを教えてくれた。

以上